大きい方は「15 阿弥陀如来」さま。

なにが出来るか、なにを持っているかが
社会的価値となっていますが

本当に大きな価値要素、
すなわち最も重要なのは
being=「在る」です。

なにをしたか(行動)
なにをもっているか(所有)よりも、
丸ごとの人間性。

「在る」という絶対的な価値。

小さい方は「20 慈愛」

慈とは母のように恵み深いこと。

愛とは見返りを期待しない純粋な思い。
たとえ、誰一人振り向かず
報われることがなくても

自らをそして
すべてのものを生かす力。

2つ合せると

あなたは小さなひとつでありつつ
全体を確かに作っています。

ひとつの欠けもない
完璧な世界を構成している
自分という存在の偉大さを感じてください。

ときに失望が押し寄せます。
私の献身に世界は応えてくれないという嘆き。

あなたが世界ではないのですか?
世界の献身にあなたが応えていない。
そのことに気付いてください。

「在る」ただそれだけでいいということの重要性に気付きましょうということでしょうか?それをどんなに伝えても伝えても解って貰えない。本当にそうなの?解って貰えないと思っているだけで、本当はあなたが気付けていないのでは?と。なんだかグッサリきました。その人の丸ごとを認めて応援する。失敗することも全部含めて経験なのだからやってみなさいという度量。うまくいっても失敗してもどっちもオッケーなのよと送りだす勇気。これを「無条件の愛」といいます。一方で、それは間違った方向でしょ?こちらが正しい方向よと導く愛。一見、こちらの方が本当の愛情にみえるけれど、
実は「条件付きの愛」といってコントロールが入ります。うまく行ったら褒めて貰えて愛されるけど、失敗したら認めて貰えない。そう思うと怖くなって、自分で何かを選択したりチャレンジしたりする自立性がなくなり、依存が始まります。子供のときに「条件付きの愛」で育てられると、大人になっても窮屈な服を着ているような、だからといって不安で脱げないと、いったような安らげないことになるようです。「在る」それだけでいい。生きているだけで素晴らしい。春です。顔を洗って目をさまして薄着になって歩き出しませんか?