チャンスは、その立場なりに誰にも平等にやってくる。

そのチャンスが目の前に来た時に前髪を捕まえる準備が出来ているか否
かだけのことなのは周知のことかと思われます。

チャンスの神様が見えない人だってかなりいる。
それがチャンスと知る能力がないからだ。

なので、「ちゃーんす!」って思えた時は、少なくとのその能力の一旦
はあるはずだから待ちがいなくチャレンジした方が良い。

その機会は誰にも平等に来るわけだから、そのチャンスを逃すと次のチ
ャンスは中々回ってこないはずだよね。

チャンスは立場なりに来るので、都度チャンスをものにしてステップを
踏んでいけば、より良いチャンスに恵まれるはずだ。

20年前の自分より成長を感じられる人は結構いると思う。

けど、継続的に昨日の自分より成長している!って感じられる人はそう
そういないはず。そう言う人が50%以上いたら世の中もっとすごいことに
なっているかと。


常にアンテナ張って、少しでも関われることには関わる。
金がなけりゃ体張れって事で、強烈なチャンスにもひるまず行きます!


な感じ。
本当に使いやすいモノじゃなければ意味がないんだよね。

例えば、今思いっきり某カラオケプロバイダーが宣伝しているコンテンツがあるんですが、専用カードを利用してカラオケボックスでログインできて色々遊べるんですよ。

きっとこれだけ宣伝すれば沢山の人が登録すると思うし、当初はみんな使うんだと思うんです。

でも、この「カード」をたまたま持っていないとき、で、周りの友達が持っている時、場合によってはそのサービスを使うのを「今度にしようぜ?」なんて話しになったりすることもある。

というか、それダーツやっている時にそんな事をよく聞いたし自分もそう思ったりしたからなぁ。


なんで、結局そういう「忘れ物」しなくて良い他のカラオケプロバイダーのサービスの方が残っちゃうんだろうなって思った。

むしろ、比較されればそっちの宣伝をしているようなものになっちゃうと思うんですよ。本当に。


ね、

で、結局残るのは本物です。
これだけネットによって情報がたくさん取得できる時代ですから、本物も探されちゃうんですよね。

その先にオリジナリティとか個性ってのがあるんですが。


だから、コンテンツ本体は真摯に基礎連練、鍛錬、研磨をし続けていかないといけないなぁって思っています。


人間関係でいえば、
「仁義」「礼節」です。

例えば、わからないと思って、だまし続けられていると思って、礼節に欠く人間は結局本物ではないから、正体がばれた時に自滅する。

だから、わざわざ叩くことないしね。


ただし、仲間にちょっかい出して来たら殲滅しますよ。

誰よりも賢く。


真面目にやっている自分の周りの仲間は死んでも守るからね。

先日、とある私塾の学生達から取材を受けた。


その折、こんな事を言った。
「憧れが眩しすぎるからって目を瞑ってしまったら何も見えなくなっちまうぜ」


これは随分昔読んだ漫画のうる覚えの一節だったんだ。
(学生達にもそう言ったけど)


でも、それは子供たちに値する言葉かも知れない。
大人になるにつれ、現実が見えてくると
「憧れが眩しすぎるからって目を背けてしまったら何も出来なくなっちまうぜ」

なんだな。


瞑(つむ)るってのは眩しいから思わず目を閉じてしまうだけなんだけど、
背けるってのは自分には無理だって「あきらめ」で逃げてしまう事かなって。


という事で、学生達に言いつつ自分に言い聞かせるような言葉でもあったわけなんですが、到底大人に成りきれていない自分は来年「も」こうしようと思う。

「憧れ(目的)に目を爛々と輝かせて歩いていこう」と。