癒しの万華鏡と"もっと素敵にパステルアート!"~HeART GARDEN福岡~の麻生君枝です麻

 

曼珠沙華を見ると、亡き母を思い出します。

老年、同居していた母は病気がちでよく車で病院へ連れて行っていました。通っていた老人病院は山の手にあり、よく田んぼの横を通りかかりました。

 

秋になるとその田んぼに真っ赤な曼珠沙華が咲き乱れます。

曼珠沙華はサンスクリット語、本来は彼岸花とよぶのでしょうか。「天上の花」という意味もあるそうです。有毒性があり、そのためか「死人花」などとも呼ばれ、昔は嫌う人も多かったかと思います。

 

 

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実は、私は母が嫌いでした。

今でこそ親といえども性格が合わないこともあると冷静に思えますが、昭和でしかも片親の母一人子一人で育った私は、「親孝行をしなければ」「やさしくしなければ」「母と気が合わないなんで言ってはいけない」という思い込みでがんじがらめになり、優しくしようとしても素直に感謝してくれない母親に怒りを覚えていました。今思うと母の照れもあるのですが、もともと外交的な私に対して、内向的で言葉数が少なく心配性でネガティブな母とは意見が合いませんでした。

 

病気が多かったので私が車で山手の病院へ連れて行っていました。その道すがら、曼珠沙華がきれいだったので車を停め、秋の空気を感じながらふたりで言葉もなく風景を見るひととき…

見ると母はずいぶんと小さくなって、手はしわしわで、年を取ったんだなぁ…昔は元気に大喧嘩もしたのになぁと早すぎる時の流れを感じて涙が出そうになって、あわてて車を走らせて家路に戻った覚えがあります。

 

今となれば、母から愛情をもらったこともよくわかります。

当時は受け入れられなかった母からの言動や言葉も「母なりの」愛情だったのだと思えます。自分が望む形でないものは受け取れないと我を張っていたのは私の方だったのだと自分を顧みています。それに気づいて学んで、幸せの方向へ自分を変えてゆくのが人生なのだろうと思います。

 

今となると私も孫ができ、母も孫が出来たときはこんな気持ちだっただろうか、ひとり娘の私が/3人も子どもを産んで、それだけでも幸せを感じていてくれてただろうか…と考えます。


おかげで私は幸せですラブラブ

こんなに幸せを感じられる呑気な?性格なのも、母親が一人で一生懸命に育ててくれたおかげ。昔は「そんなこと口が裂けてもいいたくなーい!」と思っていた気の強い私でしたが、加齢はいい意味で人を優しくしてくれます。

 

ボディはないけどきっと魂はつながっている母や先祖に伝えたくて、曼珠沙華の絵を描いて、ひさしぶりにブログで自分のことを書いてみました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございますラブラブ