今日は終戦記念日でしたね。
戦後67年たちましたが、歴史を忘れるものは未来に
盲目になるといいます。
戦争のことを少しでも伝えていければと思い、
戦争に関する好きな詩をふたつご紹介したいと思います。
「木の実」 茨木のり子
高い梢に 青い大きな果実が ひとつ
現地の若者は するする登り
手を伸ばそうとして転り落ちた
木の実と見えたのは
苔むした一個の髑髏(どくろ)である
ミンダナオ島 二十六年の歳月
ジャングルのちっぽけな木の枝は
戦死した日本兵のどくろを
はずみで ちょいと引掛けて
それが眼窩(がんか)であったか 鼻孔であったかはしらず
若く逞しい一本の木に
ぐんぐん成長していったのだ
生前
この頭を かけがえなく いとおしいものとして
掻抱いた女が きっと居たに違いない
小さな顳顬(こめかみ)のひよめきを
じっと視ていたのはどんな母
この髪に指からませて
やさしく引き寄せたのは どんな女(ひと)
もし それが わたしだったら・・・・・・
絶句し そのまま一年の歳月は流れた
ふたたび草稿をとり出して
褒めるべき終行 見出せず
さらに幾年かが 逝く
もし それが わたしだったら
に続く一行を 遂に立たせられないまま
どんなに愛しい人も、戦争というなかでは命を落とし、
その亡骸さえもどこでどうなったか分からないこともある。
その状況がもし自分だったらと考えてみても
詩人でさえ見つけられない切れない想いがある。
愛ある女性の視点から見た、印象的な詩です。
そして戦争という状況であれどうであれ、
命というものは誕生する強さを持っていることが
描かれた詩をもうひとつご紹介。
「生ましめんかな」 栗原貞子
こわれたビルディングの地下室の夜だった
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった
生ぐさい血の匂い、死臭
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
マッチ1本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは さっきまでうめいていた重傷者だ
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
この詩を読むと、思い出す人がいます。
イラク戦争の時、イラク人の家屋に潜入した黒人米兵がいました。
貧しさゆえに海兵隊に入り、イラクへ送られたアレン・ネルソンです。
彼は、一人の女性がまさに赤ん坊を産む場に遭遇し、
訳も分からぬままその赤ん坊を手の中に受け止めた。
それは彼が人殺しの兵士から、ひとりの命の素晴らしさを知る
人間に生まれ変わった瞬間でした。
残念ながらアレンはもう亡くなってしまったけれど、
「いのち」の輝きはいつも前を向いていて、
人は生かされているのだとの思いを強くします。
8月15日、終戦記念日によせて。