同居している母が、3か月ぶりに退院してきました。
腰の骨を骨折・・・しかもこけたワケでもなく、くしゃみをしたワケでもなく、
自然に骨折。糖尿があるので、骨粗しょう症なのです。

年を重ねるということは、こういうことなのでしょうか。
飲んでいる薬の量もハンパじゃありません。
 
おそらく今の医学・薬学の発展がなければ生きてなかったでしょう。
乳ガン、大腸ガン、脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病、高血圧、腎臓疾患、
腕の骨折、肩の骨折、腰の骨折を2回。
どうも母にとっては病院は、愛情というストロークをもらえる場だと
「無意識」で感じている気がしてなりません。

薬はまさに母の命を支えているものですが、
その薬さえ、自分で選択して飲むことが困難になっています。

日本は長寿の国だと言われていますが、
長寿が幸せなのかと問われると、私は素直に首を縦にふることができません。

もちろん元気で長生きすることが何よりです。

でも何をしても否定的で苦しそうに生きている母を見ると、、
体だけでなく思考が、いかに人にとって大切かを感じます。
それはその人がどういう思考パターンで生きてきたかに
左右されるのです。
何歳であっても「今」が「老い」につながっているのです。

ただ母の時代は戦争の時代であり、それは選択肢もなく
とくに女性にとって生き方は小さな範囲で、かつ周りの考えや価値観を
何よりも優先させていた時代でした。

私は自分が、今の「選べる時代」に生まれてきたことを
心から感謝しています。

母一人子一人で育った私にとって、
実は母の思考やコントロールに取り込まれることは容易なことでした(過去形)。
そして、決して私にOKを出さない母に振り回されていました。

今はさまざまな学びのおかげで、親子であれそれぞれの人生なのだと
境界線を引き、客観的に見ることが必要なのだと感じています。
OKは人から出してもらうものではなく、自分で感じるものです。

私はそれを、選ぶことにしたんです。