北野町へ行ったあとは、南相馬市の障がい者作業所へ行きます。
ここへは、福岡市内の通所施設で描いたパステルアートを
持って行きました。
本来なら直線距離で1時間ほどなのですが、
福島第一原発の事故により、迂回しなければなりません。
私は正直、見えない恐怖を感じて「気持ちが」疲弊してきていたので、
福島西インター(福島市内近く)まで行って南相馬へ向かうという
大きな迂回路を選択しました。
当然、その分は距離と時間とお金がかかりますが、
仕方ありません。
福島市内では、小学生が下校中でしたが、
マスクをしている子もいれば、していない子もいます。
(福島西インター近くは0.3μSv/h)
福島西インターを降りて、南相馬まで約50km。
かなりの山道です。
かろうじてすれ違う車がいるたびに、少し気持ちが落ち着きます。
天気も曇りだし、気分はかなりブルーで、しかも携帯は圏外
車の中のガイガーカウンターは勝手に上がっていって、
飯館村の脇をかすめるくらいの場所では、
車中で0.6μSv/hを示しました。
先方に「行きます」という連絡をしていなかったら、
途中で帰ってしまってたかもしれません(>_<)。
そうしてやっと南相馬の鹿島へ着きました。
たいそうのどかで、風光明媚な場所です。
特定非営利法人 あさがお さんを訪れました。
3.11当日は500m先まで津波が来たそうです。
そのあとは、原発の事故のために1ヶ月間、立ち入り禁止だったとか。
(戻ったあとも大変だったことでしょう・・・)
今は、より原発に近い地域の人たちが仮設等に避難してきているため、
通所者は増加しているそうです。
ただし、収入となる仕事は減ってきているとのこと。
こちらでは近くの畑で、自ら大豆を作り、味噌を作ったりして
販売し、収入を得ていたのです。
いまではその畑には仮設住宅が建てられ、
放射能の影響もあって商品が売れなくなってしまいした。
真摯に生きぬく人たちが、このようになってしまうのは
たいへん理不尽です。
私は叫びたい。
もう地震はいらない!
原発もいらない!
と。
ここへは、福岡市内の通所施設で描いたパステルアートを
持って行きました。
本来なら直線距離で1時間ほどなのですが、
福島第一原発の事故により、迂回しなければなりません。
私は正直、見えない恐怖を感じて「気持ちが」疲弊してきていたので、
福島西インター(福島市内近く)まで行って南相馬へ向かうという
大きな迂回路を選択しました。
当然、その分は距離と時間とお金がかかりますが、
仕方ありません。
福島市内では、小学生が下校中でしたが、
マスクをしている子もいれば、していない子もいます。
(福島西インター近くは0.3μSv/h)
福島西インターを降りて、南相馬まで約50km。
かなりの山道です。
かろうじてすれ違う車がいるたびに、少し気持ちが落ち着きます。
天気も曇りだし、気分はかなりブルーで、しかも携帯は圏外

車の中のガイガーカウンターは勝手に上がっていって、
飯館村の脇をかすめるくらいの場所では、
車中で0.6μSv/hを示しました。
先方に「行きます」という連絡をしていなかったら、
途中で帰ってしまってたかもしれません(>_<)。
そうしてやっと南相馬の鹿島へ着きました。
たいそうのどかで、風光明媚な場所です。
特定非営利法人 あさがお さんを訪れました。
3.11当日は500m先まで津波が来たそうです。
そのあとは、原発の事故のために1ヶ月間、立ち入り禁止だったとか。
(戻ったあとも大変だったことでしょう・・・)
今は、より原発に近い地域の人たちが仮設等に避難してきているため、
通所者は増加しているそうです。
ただし、収入となる仕事は減ってきているとのこと。
こちらでは近くの畑で、自ら大豆を作り、味噌を作ったりして
販売し、収入を得ていたのです。
いまではその畑には仮設住宅が建てられ、
放射能の影響もあって商品が売れなくなってしまいした。
真摯に生きぬく人たちが、このようになってしまうのは
たいへん理不尽です。
私は叫びたい。
もう地震はいらない!
原発もいらない!
と。