5月18日に福島県広野町を訪れ、復興の願いを込め、
パステルアートをお渡ししてきました。

ここは福島原発の南部にあたり、フクイチ(福島第一原発)から
20kmほどの距離です。
人口5000人のうち、ほとんどの方は放射能への不安からか
町へは戻ってきていません。
町のなかは殆どがトラックで、数も少なくガランとしています。
ただ役場の方は、みなさん揃って仕事をしていらっしゃいました。
広野町ではご丁寧に副町長さんが対応して下さいました。
役場の入り口に飾って下さるそうです。

この町へは、他県から見えるボランティアや支援がほとんどないようです。
広野町を選んだわけは、仕事で、被災した各市町村のお話をヒアリングした方が、
この町のことを「もっとも深刻な状況」だと話して下さいました。
自然がたくさんあり、のどかないい所ですが、
原発の事故により、このようなひどい状況になってしまいました。
戻ってきている町民が少ないわけですから、
パステルアートを多くの住民に見てもらえるわけではないかもしれません。
しかも早く戻ってきて欲しい、とも残念ながら思えません。
掲げていた「パステルアートの光を、子どもたちへ」の
子どもは、この町には居て欲しくない状況です。
ただ、そのような辛い状況でも頑張っている役場の方、
見えない出口、見えない放射能・・・だからこそ、この町から
「もう原子力はいらない」という声をあげて欲しい・・・
そこに光を見つけて欲しい。
そう思って、パステルアートをお渡ししてきました。
絵を描いて下さった方、どうぞご理解くださいね。
帰路に、高速の入り口を間違ってしまい、
「この先立ち入り禁止区域」と表示されている道に入ってしまいました。
なのに中央分離帯があり、方向転換ができません(汗)。
結局、検問があっている場所まで行ってしまい、
ものすごくドキドキしました。
海沿いの「見える被害」もヘビーでしたが、
「見えない被害」は、見えない恐怖を伴い、そちらのほうが
ずっと恐ろしいものだと感じました。
こちらへも、東松島市と同様、3000円の義援金を
渡してきました。
ここに、ご報告いたします。
パステルアートをお渡ししてきました。

ここは福島原発の南部にあたり、フクイチ(福島第一原発)から
20kmほどの距離です。
人口5000人のうち、ほとんどの方は放射能への不安からか
町へは戻ってきていません。
町のなかは殆どがトラックで、数も少なくガランとしています。
ただ役場の方は、みなさん揃って仕事をしていらっしゃいました。
広野町ではご丁寧に副町長さんが対応して下さいました。
役場の入り口に飾って下さるそうです。

この町へは、他県から見えるボランティアや支援がほとんどないようです。
広野町を選んだわけは、仕事で、被災した各市町村のお話をヒアリングした方が、
この町のことを「もっとも深刻な状況」だと話して下さいました。
自然がたくさんあり、のどかないい所ですが、
原発の事故により、このようなひどい状況になってしまいました。
戻ってきている町民が少ないわけですから、
パステルアートを多くの住民に見てもらえるわけではないかもしれません。
しかも早く戻ってきて欲しい、とも残念ながら思えません。
掲げていた「パステルアートの光を、子どもたちへ」の
子どもは、この町には居て欲しくない状況です。
ただ、そのような辛い状況でも頑張っている役場の方、
見えない出口、見えない放射能・・・だからこそ、この町から
「もう原子力はいらない」という声をあげて欲しい・・・
そこに光を見つけて欲しい。
そう思って、パステルアートをお渡ししてきました。
絵を描いて下さった方、どうぞご理解くださいね。
帰路に、高速の入り口を間違ってしまい、
「この先立ち入り禁止区域」と表示されている道に入ってしまいました。
なのに中央分離帯があり、方向転換ができません(汗)。
結局、検問があっている場所まで行ってしまい、
ものすごくドキドキしました。
海沿いの「見える被害」もヘビーでしたが、
「見えない被害」は、見えない恐怖を伴い、そちらのほうが
ずっと恐ろしいものだと感じました。
こちらへも、東松島市と同様、3000円の義援金を
渡してきました。
ここに、ご報告いたします。