一日遅れの投稿です。

昨日、宮城の東松島市を訪れたあとに、南三陸、気仙沼、
岩手の陸前高田を車で駆け抜けました。

350km以上を走り抜けました。
たまに無謀でじゃじゃ馬な自分が出てきます。
熟考してゆっくり進めば?と反省もしますが、
反省するのはいつもやってる最中で、
終わるとそれなりに実りがあったのではという自己満足に陥り、
いい経験になったとか、この経験がいつか役に・・・
いま立たなくても来世にでも!とか、思ったりします(笑)。

何よりも、こうしてお伝えすることで、東北からは遠い方が、
あらたに東北へのあたたかい応援の気持ちを感じてくれたらな~と思います。

東日本大震災で、特に被害の大きかった海沿いを北上しました。
このような映像は、みなさんもテレビや写真で見たことがあるかと思います。

南三陸町にて。
 
切り取られた風景である映像と、
目の前に広がる圧倒的な現実とは、
やはり大きく異なりました。

ガレキはもちろんのこと、
スクラップ工場にあるようなつぶれた自動車、
空洞の建物、消えた線路、抜け落ちた橋・・・
その向こうに、いまは穏やかな海が広がっています。

他にも写真は何枚か撮らせてもらいましたが、
それをたくさん載せることが、何故か はばかられます。

人の営みがあったことが感じられるたび、
圧倒的な敗北感や無力感をひどく伴ってしまい、
私は感情がフリーズしてしました。

気仙沼にて。
photo:01
漁港から約800m流された、全長60mの『第十ハ共徳丸』。

福島の新聞に、こんな記事が出ていました。
自宅が壊れていないのに、避難していた気仙沼のおばあちゃんの話し。
ご近所のお宅が壊れたのに、ご自分の家が壊れてないことを申し訳なく思い、
避難所として提供し、ご自分は娘さんのところへ身を寄せていたという。

気仙沼は血縁地縁の濃い土地柄で、
避難して戻ってきた人と、留まっていた人との感情の軋轢もあるといいます。

気仙沼まで来たなら、岩手の一本松まで行こうと思いました。
県境なのでそこはすぐにつきましたが、陸前高田では
奇跡の一本松を見つけることができませんでした。
普段なら「ここまで来たなら絶対みつけてやるー!」と根性を
出すのですが、色々な思いも交差してヘコたれてしまいました。

明日は福島南部に行くので、郡山に泊ることにしました。
もう日も暮れかけているのに、なんと200kmを戻ると
カーナビが言っています・・・Σ( ̄。 ̄ノ)ノゲッ。

「嘘やろ・・・」と思いつつも、明日の事を考えると戻ったほうが
スケジュールがスムーズです。

高速道路に乗るまでは山道で、緊張感があったのですが、
高速に入るとその風景はどこも似ていて安心したためか、
涙がホロリと流れました。

あぁ、人ってホッとしないと泣けないんだな…
そんなことを感じました。


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