アトピーの話の続き。
大人のアトピーを発症したころの私は、
エネルギッシュながらも人当たりは良く、
原爆の聞き書きを通して平和に興味を持ち、イベントをやったり
子どもたちの学校の役員なんかも、嫌がらずにこなしていた。
(思えば、なにかやらなくては!という拮抗禁止令があったかも)
夫は結婚以来ずっとワーカホリックだったが
そのことを不満に思いながらも、素直に告げることなく
一人で髪を振り乱し、なにもかもを誰の助けも借りずにやるわ!
やればいいんでしょ!と、家庭内では怒りと共に過ごしていたと思う![]()
今、考えると怒りはいつも私のラケット感情だった。
ラケット感情…ニセモノの感情(racket=不正な)と言われ、
本当は悲しかったり、辛かったり、泣きたいという本物の感情が
あるのに、素直に表現できずニセモノの感情を表出してしまうこと。
幼い頃に親の関心をひくためにその感情を使うことが
有利に働いたため、歪んで身につけたもの。
ラケット感情は人によっては悲しみだったりあきらめだったり
いじけたりとありますが、怒りは特にラケット感情として
使われることが多いと思います。
おそらく、その時の怒りのストレスはかなりのものだったと思います。
怒るくらいならそんなに頑張らなきゃよかったのに~と
今ならそう思います(笑)。
「肌に合わない」という言葉がありますが、皮膚疾患は自分の
回りの環境や人間関係を受け入れられず、もがいている時に
起こることがあるようです。
あと私の場合、「私はこんなに頑張っているのに…
もっと私を見て!」という気持ちがあったのかもしれないなぁと
思っています。
もちろんアトピーが出ると人には見られたくないのですが
関心や心配をしてもらいたいという病気利得(病気になることで
回りが気にしてくれる)の気持ちが全くなかったとは
言えないかも、と自分では分析しています。
でもすべてのアトピーの方がそうだとは言いませんよ。
それに自己分析ができてきたからと言って、
アトピーがすぐに完治したわけではありませんでした。
人はすぐには変われない!
それはなぜか?
続きはまたの機会に![]()