天つ巻 第七帖 (一一四)
 二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二本のお足であんよせよ、二本のお手手で働けよ、日本の神の御仕組、いつも二本となりてるぞ一本足の案山子(かかし)さん、今更 何うにもなるまいが、一本の手の臣民よ、それでは生きては行けまいが、一本足では立てないと、云ふこと最早分ったら、神が与えた二本足、日本のお土に立ちて見よ、二本のお手手 打ち打ちて、神おろがめよ あめつちに、響くまことの拍手に、日本の国は晴れるぞよ、二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二二(ふじ)は晴れたり、岩戸あけたり。九月一日、ひつ九のか三。

 ちなみに「一本足の案山子さん」とか「一本の手の臣民よ」という言葉がでてきます。もうお分かりかと思いますが、ここでいう「一本足」とか「一本手」とは」だけのことを指しています。」がないということです。」と「」の両方が必要なのです。そしてその仕組みがある国や場所のことを全て「にほん」と呼ぶのです。そしてそう呼ぶのにふさわしいのです。従ってにほん」とは「我が国、日本」とい小さい領域だけを指す言葉ではありません「神の仕組み」が備わっている、あるいは実施されている国や場所はすべて「にほん」というのです。そう呼ぶべきなのです。この場所とは物質界だけのことではありません。神界まで含めた「三千世界」にまで及びます。ここまでくれば「表」とは何か?「裏」とは何か?うすうす分かってきたと思います。 「表(0123456789)」とは、「左」であり、「身」であり、「男」であり、「陽」であり、「日」であり、「」であり、「物質」であり、「人」であり、「科学」だけで行うことを意味します。

 では「裏(109876543210)」とは何でしょうか?「表」の反対ですから、「右」であり、「魂」であり、「女」であり、「陰」であり、「月」であり、「」であり、「霊」であり、「神」であり、「神学」のことなのです。

 それなら「二本の仕組み」とはなんでしょうか?「両方またはそれらの真ん中(あるいは中庸)」であり、「身魂」であり、「男女(夫婦)」であり、「みとのまぐあい」であり、「陰陽和合」であり、「日月」であり、「」であり、「半霊半物質」であり、「神人合一」であり、「科学と神学の融合」であり、「大調和」や「大和合」のことなのではないでしょうか?

 以上から、「二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ」を端的に言えば「一厘の仕組みが成就したら、なりなりなって十とひらき(鳴門の仕組み)、さらに表裏合わせて二十二(富士の仕組み) が完成し大真理(道=三千世界を貫く真理)が世に出てくるぞ 」ということに意味に言い換えることができます。この意味なら「ひふみ神示」の冒頭を飾るのにふさわしい言葉です。

「大調和」や「大和合」は「大和」と言っても過言ではないように思われます。これは「ヤマト」とも呼べます。「二本」=「日本」=「大和(ヤマト)」、神様からのそんな期待が昔からこの小さな国にかけれられているように思えてなりません。

 「和をもって尊しとなす」実在していなかった幻の聖徳太子の言葉(十七条の憲法の第一条 )です。実在していない人物が何故この言葉を残せたのでしょうか?誰かが大峠を越す頃の日本人にこの言葉を残すよう神様から託されたのかもしれません。いまさら学ばなくても日本人にはこの精神が文化として昔から隅々まで根付いています。「日月神示」で改めて再認識さえできれば、「にほん人(狭義の日本人ではありません、二本人のことです)」なら(日本人の他、「」系統の外国人も含みます)実行することはいとも簡単なはずです。だからこそ救世主は日本人からでてくるのです。それも一人ではないのです。もしかすると「身魂磨き」が終わった「にほん人」全員にその資格があるのかもしれません。

 「日月神示」と言えば「世紀末の預言書」とか「人類滅亡・選別」とか、とにかく怖いイメージが強いですが、決してそうではありません。むしろ明るい未来の到来が近づいたことを伝える待望の預言書なのです。「大峠」など本来は「大調和(光で満ちた至福の世界)の世界」到来前のほんのひと時の世界(お掃除の時間)にしか過ぎないのです。とは言っても何もしなければ(身魂磨きの努力をしなければ)、神様からの預言通り、かなりの人や霊は「大峠」をこせないことになるでしょう。お掃除で取り除かれてしまいます。

 今まさにその「大峠」の最中と思われます。今年(2024年)から地獄の一丁目に入ったばかリです。大災害・大地震、謎の疾病X、物価高騰・スタフグレーション、金融・経済危機、食糧難・飢饉、情報統制・管理、言論の自由の制限・廃止、ますますひどくなる格差社会や秩序の乱れ、大戦争等が、あるいはその一部が年内に起こりそうな状態です。遅くともこれから数年以内には起きるように思われます。

 「にほん人」よ!「にほん」の英霊よ!二本の手と足でもって立ち上がれ!いま目覚めなければいつ目覚めるのか?

 「大峠」を過ぎてからでは遅すぎます。決して難しいことではありません。まずは「愛と調和」を目指し、巷を「愛と調和」で溢れさせていきましょう。そして「日月神示」を読んで、まだ「日月神示」を知らない人に教えてあげてください。何よりも大神様(「」)に帰依し、まつらふことが大切です。そうすれば自然と「大和(ダイワ)」につながっていくハズです。


 

 次回には「鳴門の仕組み」についてお話をしたいと思います。