久しぶりに、ザ・ベリー・ベスト・オブ“ナンシー関の小耳にはさもう”を読んでいます。
きっかけはmixi。
ナンシー関コミュニティでは、私と同じように、諦め切れない人達が今でも
『あー、ナンシーが居たらどう書いてくれただろう…』
『ナンシーが居たら、このモヤモヤを解消してくれるのに』
と書き綴っています。
もちろん、私も同感です。
私が谷亮子を“ヤワラさん”と呼ぶのも、ナンシーの影響です。
私はナンシーが亡くなってから本を読み出したので、リアルタイムでナンシーの批評を読んだことはありません。
それは私にとってめちゃめちゃ悔やまれる事ですが、逆に言うと、リアルタイムじゃなくても、私は十二分に楽しめるのです。
今はもう見ない人、
今はよく見ても、当時は売れかけくらいの人
どれを読んでも常に新鮮で、
どんな綺麗な言葉が並ぶ詩集よりも、
私を癒してくれる一冊です。
多分、漫画並に読み返しています。
出産で入院する際も、とりあえずナンシーは必需品(そんなヒマはないかもですが)かと。
2002年6月に夭折したナンシー。
ナンシーのような批評はもちろんできないけれど、ナンシーイズムは継承したい。
(ヤワラさんにはちょっとグラついたけれど)
もし、今、ナンシーがいたならば、誰の事を書いて欲しいだろう?
それを考えながら、
おやすみなさい。
何となく、幸せだわ。