12年近く振りの投稿

干支が一回りしている!

昔の記憶を手繰り寄せて続きのお話し…

 

運よくすぐに搬送先の病院が決まり救急車は走り出す

車で20分かからない位の距離の病院だが

その間の時間は果てしなく遠く感じる

そして容態はどんどん目に見えて悪くなっていく

右手で自分の太ももを叩き続ける

きっと自分で動きを制御することができなくなっていたのだと思う

見ていてたまらずに「やめて」と声を掛けながら腕を抑える

が、生半可の力で抑えることなどできるはずもなく

叩く勢いは増していくばかり

 

病院の裏口に着くと奥の処置室らしき中に運び込まれて行った

子どもとふたり入り口の前のベンチで待っていると

中から男性医師の「戻ってこい!」という力強い叫びが聞こえる

咄嗟に心肺停止したんだと想像がついた

こちらも血の気が引いていく

しかしその後の動きはあまり感じられない

そして上の階へ移動するよう指示をされる

 

エレベーターで指示された界の部屋の前で待っていると

ほどなくして医師からお呼びがかかり部屋の中に通される

そこからは現状の説明脳のどの部位にそのくらいの出血量があるか

病状の説明とともに何枚もの書類へのサイン

病気の既往歴や手術への同意、救命と延命に関する意向の確認

人生初の人の命に係わる判断をその場で行うという荒行

正直、これはきつかった

泣き叫ぶ子どもをなだめつつもうやりたくない程の決断

時刻は夜の11時近くになっており母に子どもの引き取りにきてもらい

自分は引き続き病院で待機

数時間後、救命救急病室に移された主人と再会した時には

頭から顔にかけて右側が1.5倍位に腫れて変形した別人の姿に

ショックを受けたままその日はタクシーで帰宅

 


現在のお話

やっと夏休みが終わりました

ほとほと疲れました

お肌もボロボロです

学校のありがたみをひしひしと感じています

主人のリハビリ合宿中は

案の定、有意義に過ごせず…

現実逃避の日々に自己嫌悪

気を取り直し

久しぶりにブログを書きました

2回目に倒れた時のことです

もう2年が過ぎますが

書いているとだんだん思い出してくるもんですね

でも、普段も結構思い出すことがあります

皆さんはどうなのでしょう?


さてさて、今週から来週にかけても予定がびっちり

わたしの夏休みはいつとれるのでしょうか?

救急隊員の方々が到着してからも
ちゃんと主人は受け応えをしている
一応、2年前の既往歴も話し
近くの救急病院に行くことが決まった

実は1回目の脳出血の退院後の夏に
床についてから頭がグルグルまわるというので
一度救急車で搬送してもらっていたのだ
その時は血圧が高かっただけで
何も治療も受けずに帰されたのだった

うちはエレベーターの無いマンションの3階
救急車だけでなく
消防車も一緒にやってくる
担架で降ろせないので
特別な背負子みたいな道具で降ろしてもらうためだ
つまり大変仰々しい
閑静な夜の住宅街に鳴り響くサイレンとクルクルまわるライト
本当は呼びたくなかった
案の定、ドアを開けて何事かと顔を出す住人がいた
いやだ…こんな主人の姿を見られたくない…

主人は太っているわけではないが体格が良い
救急隊の日頃訓練している方々でも
3階から狭い階段を降ろすのに大変苦労をしていた
『○○さん!もっと左側を内側に入れてください!!』
主人に指示する隊員の方
無理ですよ
体のコントロールが効かない病気ですから
脳だって言ったじゃないですか
わたしは心の中で答えていた
再発を確信していたのだった

運良く受け入れ病院がすんなり決まったので
救急車に乗り込みすぐに出発
わたしと子供も救急車に同乗し
車で約15分ほど離れた病院に向かった