『ウサギとカメ(あるべき姿版)』
執筆者 東町健太
昔々、あるところにある動物村と呼ばれる村がありました。動物村ではたくさんの動物たちがみんな仲良く暮らしていました。
その動物村の西側は高級住宅地が広がっていたり、駅前に行けばオサレなカッフェー(笑)などが立ち並んでいたりする上品な土地でした。その西側に広がる高級住宅街の一角にある、とりわけ民度が高そうな人たちが多く住む地域に一匹のウサギさんが住んでいました。
このウサギさんは、幼少の頃からとても真面目に熱心に勉強に励んだので、一流私立中学、一流私立高校を経て一流国立大学に現役で合格した秀才でした。そしてその学歴を鼻にかけることもなく、いつも謙虚でさらにとても人当たりも良かったので、ウサギさんはいつもたくさんの取り巻きを従える人気者でした。ついでに言えば容姿も非常に端麗で、まさに完璧な人間でした。
このウサギさんの特技は走ることです。中学、高校と陸上部に所属し長距離走で国体にも出場したほどの実力を持っていました。なんとウサギさんはスポーツマンでもあったのです。すごいですね。
さて、このウサギさんがある日、気まぐれに動物村の東側にいつもの取り巻き連中(陸上部仲間が多い)と遊びに行きました。動物村の東側はどんづまりのド底辺の吹き溜まりのようなスラム街があったり、駅前に行ってもパチンコ屋や怪しげな街金や激安ピンサロばかりが立ち並んでいるような、下品極まりない腐った土地でした。いくら気まぐれとはいえ、何故ウサギさんはこんな場所に出かけたのでしょうか?
そんなゴミ溜めのような場所では当然育ちのよろしいウサギさん(アンド取り巻き)は楽しめません。スラム街の中でどうにか見つけたあまり小汚くないギリギリまともさを保っているように思われる喫茶店に彼らは逃げ込みました。
そこで水で薄めすぎてもはやコーヒーなのか紅茶なのかすら定かではないわけのわからない飲み物(一杯750円)を飲みながら彼らは虚脱していましたが、そこはやはりいつもつるんでいる仲間です、やがて元気を取り戻し、いつものようにウサギさんを中心にして陸上談話で盛り上がっていました。
「ウサギさん、マジ速いっすよね、ハンパないっすよね」
「いやいや、俺なんてまだまだだよ」
「そんなことないっすよ、ヤバイっすよ」
こんな会話で盛り上がっていたのです。おやおや、取り巻き連中はあまり頭が良くなさそうですね。大体の場合、集団の中で影響力を持つ人間に無闇に擦り寄りたがるヤツラというのはバカで話しがつまらない連中なのです。まるで虫けらのようですね。それはさておきそんなウサギさんたちの会話を隣の席で聞いている一匹の動物さんがいました。そうです、カメさんです。
このカメさんはただでさえ民度の低い東側地区の中でもとりわけ荒廃した一角に住んでいました。カメさんは幼少の頃からグズなことで有名でした。小学校のときの彼は授業中は死んだ魚のような目で虚空を見上げてよだれを垂らしていたり、たまさか教師に当てられると「フォーーーーー!!!」と甲高い奇声を挙げつつ白目をむくなどの愚行を繰り返していました。まさにバカでした。カメさんと同じクラスになったことのある女子の一人は当時の彼を振り返って「何故カメさんが普通学級にいるのかとても不思議だった」と語っています。そんな彼も給食の時間だけは輝いていたようで、カメさんの担任を受け持ったことのある教師の一人は「まるで飢餓で苦しんでいる難民のようだった」と語るほどのすさまじい勢いで給食を貪り食らっていました。余談ですが、カメさんの家庭は給食費を6年間びた一文払っていなかったとのことです。中学に入学したカメさんは入学後すぐ学校に行かなくなります。といっても親や社会に反抗して学校に行かなくなったのではなく、あまりにもカメさんがグズだったため入学式の最中に先輩たちにボコされるという前代未聞の事件があったからです。そんなカメさんでしたが中学卒業後は何の間違いか奇跡的に村内のとても頭の悪い子ども御用達の工業高校(偏差値33)に進学することができました。しかしカメさんは「なんか違った」という意味不明な理由を吐いて、せっかくまぐれか手違いで入学することのできたこの高校に入学式の日に退学届けを提出しました。村内一のバカ高校中退、しかも在校時間わずか32分という驚愕の低学歴を誇るカメさんは、20歳を過ぎた今もアルファベットの読み書きすらろくに出来ず、今は派遣労働などをして糊口をしのいでいます。
そしてカメさんには友達がいませんでした。というのも、カメさんの話す会話の内容が「こないだ埼京線乗ってさ、めっちゃ混んでてマジだりいなとか思ってたんだけどさ、近くに巨乳な女子高生いてさ、お、お、おっぱいが俺のひじに当たっててさ、そりゃあもう、でへへへへへへへひいひいっ」などという救いようのないものであったり、「俺ってさ、他人には理解されないけどさ、なんかスペシャルっていうか、すごくね?なんでみんな俺の素敵さに気づかないかなあ?俺はもうほぼ神なのになあ?」などと根拠のない自信を前提とした狂人としか思えない問いかけを唐突にしたりするのでみんなカメさんを敬遠しているからです。ついでに言えばカメさんは容姿が非常に奇妙であり、不気味としか形容できないような顔面の持ち主であったことも、カメさんに友達ができない要因の一つでありました。
そんな友達がまったくいないカメさんだったので、ウサギさんが仲間連れで喫茶店に入ってきた瞬間から彼らにムカついていました。ひがんでいました。しかもよく見るとウサギさんたちは皆とても洗練された都会感あふれる高そうでこぎれいな服を着ていました。それにひきかえカメさんはというと、もう二週間近くも洗濯していないタバコのこげ痕のついた黄ばんだ臭いティーシャツにしょうもないチノパンに穴のあいた安全靴といったホームレス同然の姿でした。さらによく見ればウサギさんたちはどうやら自分と同じくらいの年齢ではありませんか!そこまで気づいたとき、カメさんは思わず彼らの会話に割って入っていきました。
「足が速い、足が速いてそれがなんぼのもんなんじゃこら。さっきから聞いてりゃあしゃらくせえくだらねえことばっかしゃべりやがって。殺すぞバカが。調子のんなよド餓鬼が。走るなんて誰にでもできる行為でそこまで増長できる君たちはほんたうに哀れだよ。走るのが速いのがそんなに偉いのかなあ?はは。笑えるよ。そしてもはや泣けるよ。君たちはかわいそうな子羊だよ。道に迷っているんだね?はっきり言っておく。君たちは罪人だよ。悔い改めよ。世の終わりは近づいている。」
突然隣の席にいた薄汚い乞食がわけのわからないことをまくしたててきたので、ウサギさんたちはとてもびっくりしてしまいました。少しの間ぽかんとしてしまいましたが、取り巻きの一人が「いやいや、どう見ても一番哀れなのはお前だろ」というしごくまっとうな反論をしたのを皮切りにみんな一斉にカメさんに食ってかかりました。
「なんなんだよてめえ」「くせえんだよ」「頭おかしいんじゃねえのかこら」
その程度の罵倒でめげるカメさんではありません。思えばカメさんは物心ついたときからいつも誰かにバカにされ侮られ虐められてきました。家が貧しいこと、容姿が醜いこと、初めはそんなことがからかいや嘲りの対象になっていました。そのような常に他人から見下されながら過ごした環境の中でカメさんはねじれ、歪み、狂い、夢や希望を見失い、現実から目をそむけ続け、全ての努力や精進を放棄した結果、見るも無残な大人に成り果てたのです。侮られ虐められて当然なごくつぶしになったのです。もう彼はいまさら人に何を言われようと何も感じません。真っ赤になってまくしたててくるウサギさんの取り巻き連をカメさんはさもうんざりしたような嘆息などを漏らしつつ、にやにやしながら眺めておりました。そんなカメさんの態度にさらにムカついた取り巻きの一人がカメさんに言いました。
「お前さっき走るなんて誰でもできるとか、速いのがそんなに偉いのかとかほざいてたけどよお、じゃあお前ウサギさんより速く走れんのかよ?走れねえだろ?ああん?」
そんなことを言われたカメさんはちょっとイラっとしました。図星だったからです。カメさんはバカなばかりか非常に鈍重で運動神経のまったくない男で、さらに怠惰な生活を続けていたために走るなどという行為からはここ10年遠ざかっていました。この男には取り柄が一つもないのでしょうか?生きていて恥ずかしくないのでしょうか?しかしイラっとしたカメさんはバカなので後先考えず売り言葉に買い言葉で言い返しました。
「ほほ、神に出来ぬことなどない」
当然、じゃあやってみろよ、ということになりウサギさんVSカメさんチキチキ長距離走対決が数日後に開催されることになりました。ウサギさんとしては何のメリットもない対決ですし正直イヤで仕方なかったのですが、自分を信頼しついてくる子分たちを裏切ることもちょっとアレだなあ、なんかやだなあ、と考え、「あ、別にいいんじゃない。やろうよ」などと言いました。カメさんはこの展開に本気でビビリましたがいまさら「すんませんすんません。調子のって本当にすんません。俺なんてただの下等な家畜です。豚です。私を哀れんでください。お願いだから赦して‥。お願い‥。」とさめざめと泣いて詫びるわけにもいかず、本音では全裸で渋谷のスクランブル交差点で土下座をしてでもいいから赦してほしい、助けてほしいと思っていたにもかかわらず口からでたのは「ふう‥いまさら泣いて詫びてももう遅いよ。後悔するがいいよ。神の裁きを思い知るがいい。ははん。」などというキチガイじみた言葉でした。本当に後悔していたのはカメさんで、泣いて詫びたいと願っていたのもカメさんでした。
そしてあっという間に時間は流れ、二人の対決の日がやってきました。喫茶店での対話からこの日までに「カメ逃走未遂事件」や「カメ診断書偽造騒動」や「カメ雨乞い祈願祭り」など様々なことが起きましたが、当日は幸か不幸か絶好の好天に恵まれました。レースのスタート地点は例の喫茶店で、ゴール地点は動物村のはずれにあるお隣山の山頂です。スタート地点には大勢のウサギさんの友人や取り巻きたちが応援にかけつけ、頑張れウサギコールが巻き起こっていました。この点からもウサギさんの人望がうかがい知れます。一方青ざめた顔をして現れたカメさんには誰一人として応援にかけつけてくれる人はいませんでした。親兄弟すらきていませんでした。いや、正確に言えば来れなかったと言ったほうがいいでしょう。どういう事かというと、カメさんの父は以前少し暴力的な感じのする金融業の方から融資を受けたのがきっかけでその時はとある山中に監禁されていましたし、母もよんどころない事情があって和歌山の方で懲役に服していました。妹さんは分裂していましたし、兄さんの行方は今も明らかではありません。たとえそのような諸々の事情がなかったとしても彼らがカメさんの応援にくることはなかったであろうということはさておいて、とにかくカメさんは可哀想にひとりぼっちでした。
さあ、どうでもいいカメさんの家族の紹介をしているうちにスタートの時間がやってきました。どきどきする瞬間です。一体どのようなレースになるのでしょうか?
パーン!スタートの合図のピストルの音が雲ひとつない青空に響きました。ウサギさんはとても美しいフォームで風を切って走り出しました。みんなはすごいなあ、さすがだなあと思いました。そして素晴らしいタイムであっという間にゴールにたどり着きました。
「やったあ、ウサギさんすごいね」「いい走りだったよ」「感動しました」
ゴール地点ではウサギさんを中心に歓喜の輪ができあがりました。みんなニコニコしていてとても幸せそうです。ウサギさんもとても嬉しそうです。そしてウサギさんはみんなに向かっていいました。
「応援してくれたみんなのおかげでとてもいいレースになったと思います。自分を信じて努力を続ければ夢は必ずかなうんだ、ということを観ていてくれた国民の皆さんに伝えたいと思って走りました。夢と感動を与えたいと思って走りました。本当に応援ありがとうございました!」
このウサギさんの言葉にみんなとても感動しました。目に涙を浮かべている者もいました。さて、喜びの絶頂にあった彼らでしたが、そのうちの一人がふと思い出しました。
「あれ?そういえばカメは?」
確かにカメさんの姿はみえません。ウサギさんがゴールしてからいつの間にやら2時間が経過していました。一体カメさんはどうしたのでしょう?取り巻きたちはカメさんを探しにいきました。
そのころあのカメさんはなんということでしょう、スタート地点の喫茶店に程近いモツ煮込み屋でレモンサワー、焼酎、ホッピーなどを飲んだくれていました。このバカガメはまだゴールもしていないというのに何をしているのでしょうか?なめているのでしょうか?いえ、別になめているわけではありませんでした。このバカガメもスタート直後はマジで走っていたのです。しかし相手はウサギさんです。見る見るうちに差は拡がっていきました。とても不細工なフォームでどたどたはんべそをかきながら走っていたカメさんでしたが、ウサギさんの姿が見えなくなると地面にへたりこんでしまいました。どだい、勝てるわけがないのです。生まれた瞬間からカメさんは誰からも負けているのです。しばらくへたりこんでいたカメさんでしたが、やがて起き上がり、ちょうどすぐそこにとめてあった自転車を盗んで駅のほうへ向かいました。駅前の歓楽街についたカメさんはいつもいっているピンサロにまようことなく入店しました。ちなみにその店は地元で「お化け屋敷」「バイオハザード」などとよばれている、ある意味有名店です。20分後、死神のような顔色のカメさんがでてきました。よほど怖い思いをしたのでしょう。だったら行かなきゃいいのに、と思いますが、カメさんはお金があるとこのお店に行くのです。それからカメさんは牛丼屋で腹ごしらえをしたあと、パチンコ屋に行きました。新台が入荷されているのをおもいだしたからです。数時間後、ひどい負け方をして憔悴しきった表情のカメさんがでてきました。彼はパチンコですら負けるのです。そして例のモツ煮込み屋に入って飲んだくれていたのです。そして店から出てきたところをカメさんの行方をさがしていたウサギさんたちの取り巻きに捕まってしまいました。
「どういうことだよコラ」「ふざけてんじゃねえぞ」「殺すぞコラ」
みんなとてもカンカンです。そしてカメさんの釈明が始まりました。
「いやあのね、俺は世間に訴えたいわけですよ。勝ち負けだけが全てであるかのような世の風潮はいかがなもんかなと。レースでどちらが速い遅いかなんていうのは私から見たらナンセンスだよナンセンス。そんなちいさなことではなくもっとさ、大きなものに目をむけようよ。勝ち負けなんかどうでもいいんだよ。ほらやっぱり俺ってそこらへんんとこもう超越しちゃってるからさ、勝ち負けなんかもう興味ないよね。そんなミクロなことにはもはや捉われてないわけよ。人物が大きいっていうのかな?そういう意味ではあの、ウサギ君だっけ?彼との差は歴然だよね。小さなことばかり追いかけるウサギ君と、超越した俺との差だよ。器がちがうよね。もうスタートするはるか以前から勝負はついていたよ。だからもうね、勝負なんて意味をもたないよ。今回の俺の行動でウサギ君もそのあたりのこと、気づいてくれないものかねえ?小物のウサギ君では無理かなあ?はは」
このカメさんの釈明を聞いてみんなの怒りは爆発しました。
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
みんな口々に叫びました。卵や石をカメさんにむかって投げつけました。カメさんは「ひいっひいいい」と言って逃げていきました。みんなはおいかけていってケリをいれたりしました。
さてこのレースが終わって数年後のことです。あのウサギさんは一流企業に就職し、順風満帆な人生を謳歌していました。勝ち組でした。ある日、昔の友人たちと久しぶりに会い、旧交を温めあっていたときです。友人の一人がおもむろに新聞を出して言いました。
「これってあのカメだよね?」
その新聞記事は次のようなものでした。
[所持金は十円玉3枚…25歳男性ミイラ化遺体]
動物村東区のアパートで独り暮らしをしていたカメ(25)が先月死亡していたことが26日分かった。
動物警察東署は餓死した可能性があるとみている。
同署などによると、2月11日、管理会社からの通報を受けた署員が、ベッドで亡くなっている男性を発見した。ミイラ化しており、死後3~4か月たっているとみられる。男性の部屋にはテレビと毛布一枚しかなく、現金は、十円玉3枚が財布にあっただけだった。
司法解剖で死因は特定できなかったが、同署幹部は「室内に食料品がなく、餓死した可能性がある」としている。
(2012年3月27日10時07分 動物新聞)
「ああ、あのカメだね。」
「なに、あいつ死んだの?だはははは」
「マジかあ、なんかめっちゃ笑えるね。餓死て、あははは」
この会話でウサギさんたちはみんなとても楽しそうにげらげら笑いました。とても素敵な笑顔でした。めでたしめでたし。
<終>