月読命  3  月読神社の元社 | 大山蓮華

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謎解きをしています

 

 

 

                                     弁才天さんを探して   17

                                     追跡   月読命

 

 


 

 

   玄海島の沖に壱岐島(いきのしま)があります

   玄界灘にある南北17km東西14kmの島

   九州と対馬の中間に位置する島

 
 
 
   この壱岐島に 月読神社があります
 
 
 
 
   月読神社の公式サイトによると
   ご祭神は 月読命 月夜見命 月弓命

   三柱祀られていますが いずれも同じ神さまです

   鎮座年代は不明

 

   縁起によると

   487年朝廷は壱岐の県主の押見宿禰に命じて

   分霊させて京都に祀らせた

   押見宿禰は 月読命の子孫で壱岐氏の遠祖である

 
 
 
 
   古来は山の神を祀る神社だった
 
 
   日本全国の月読神社の元宮といわれている・・・らしい
   日本最古の神社ともいわれている・・・らしい
   中央(朝廷)に神道が根付いたきっかけになった・・・らしい
   壱岐は神道発祥の地ともいわれている・・・らしい
 
 
 
 
 
 
 
 
   だが・・・
 
 
 
 
 
  壱岐神社誌によると
 
 
 
   箱崎八幡神社は
   最初は月読神社として創立され
   その後
   海神や龍神が祀られ さらに八幡神が祀られました
 
   相殿には 月神命も祀られていて
   「箱崎八幡宮月讀宮」と記されている
 
 
 
   現在 壱岐島には他の場所に月読神社が存在していて
   その場所は
   「清月村」だったことから「月読神社」と推定されたが
   誤りとされている
 
   壱岐市芦辺町の月読神社は 以前は山の神を祀る神社だった
 
 
 
 
 
 
   代々男岳神社の神官で 壱岐氏の末裔の 吉野氏の文書によると
   原初 オンダケ山に鎮座し その後山を降りて
   上里の東屋敷 下里の辻 新庄村根低(もとかぶ)山へ落ち着いた
 
 
 
 
 
 
 
 
   オンダケ山は 男岳山のことで
   月読神社の元社の月神は 男岳山に奉られていた
 
 
   男岳山には 現在
   猿田彦を祀る男岳神社がある
   こちらの猿田彦は
   「壱岐氏の子孫の 壱岐真根子の孫の太田彦を祀った」
   と伝えられている
 
 
   記紀では
   天孫降臨の道案内は猿田彦で
   鎮座地を探していた倭姫を先導したのは太田彦だった
 
 
 
 
 
 
   壱岐にある住吉神社は日本で最初の住吉神社らしい
   押見宿禰の父・神奴命が大阪に住吉神社を初めて祀ったという記述がある
 
   大阪・住吉神社の創建は神功皇后11年  (神功皇后は架空とする説が強い)
   福岡・住吉神社の創建は仲哀天皇9年
 
   住吉の神は オリオンの三星のことともいわれているので
   星を航海の目印としていた海の民が祀ったのかもしれませんね
 
   壱岐の月読命が京都・山背に遷座したのが487年で
   中央に神道が根付くきっかけとなったと記されているので
   大阪・福岡の住吉神社の創建年代は 疑問・・・
 
 
 
 
 
   壱岐氏族は
   海人族として 弥生時代から壱岐を治めていたようです
   その一族には
   卜部氏や雷大臣 壱岐真根子 稗田阿礼
   男岳神社の吉野氏や 京都・月読神社の松室氏など・・・
 
   壱岐真根子の父は雷大臣で 母は武内宿禰の妹・・・らしい
   武内宿禰は 仲哀天皇・神功皇后を補佐していたらしい
 
   卜部氏の子孫には吉田姓があり 徒然草の吉田兼好の本名は卜部兼好
   卜部氏から のちに斎部(いんべ)氏が出ている
   卜部氏から のちに中臣氏 中臣氏から鎌足(不比等から藤原氏)
 
 
 
 
   壱岐氏って
   もしかしたら・・・
   渡来した王族とか その子孫かもしれない・・・
 
 
 
 
 
 
   それにしても月読神社の神は

   何故 三神なのだろう ?