そのとおりの句で、全く申し訳ないが、そういう経験があり、
多分小学校の頃ではなかったかと思うのである。
従兄弟と、従兄弟の家の馬橇に乗って、まあ、それ自体が許されていいのかというところがあるが、
だからこそ、印象に残っているのだろう。
この頃の兎の罠も、鳥追いも、いまだ、記憶の中にある。
雪だるまどこからとなくオルゴール
幸福を探すごとくに福寿草
明日てふ明るさの満つ枯野かな
火が付かば日本武の枯野原
目が合つて狐の親子散り散りに
雌伏せるひとりの教師枯野原
グライダー一機降りゆく枯野かな
山眠るひとに吐息のひとつづつ
泥となる敷物の裏山眠る
たらたらとたらたら山の寒の水
前髪のきりりと揃へ冬座敷
帯解けば着れぬ人形冬座敷
さくら鍋博労町にありし店
炬燵より神棚拝む主人の座
能登の友海鼠の話して帰る