改造人間哀歌ザ・ムービー (第976話)
先週、スクリーンで「仮面ライダー1号」を見ながらふと思ったのは、
2号も同じようにどこかで戦っているのだろうか、
40数年間の中、力尽きたライダーもいるのだろうか、
そんなことだった。
タイトルが「仮面ライダー1号」ということは2号の一文字隼人は出ない。
もし出るなら、「仮面ライダー1号、2号」あるいは
「帰ってきたダブルライダーレジェンド」等と別のタイトルがつけられていただろうから。
そしていずれは実現して欲しい企画ではある。
オリジナル映画2本を含む
「仮面ライダー」(’71)全100本はやはり1号 だけではなく2号もいてはじめて成立しているのだから。
さてそんな中、一文字いや2号を演じた佐々木剛でネットサーフィンをしていてたどり着いたのが
上記、「改造人間哀歌」である。
実は数年前、何かの媒体でこのタイトルを目にした事が有り、
後で調べてみようと思っていたのだが忘れてしまい、今回つながったわけである。
2012年上映とあるので制作されたのは4、5年前か。
純粋な仮面ライダーではない。
主人公の名も一文字隼人ではない。
だが、それは紛れもなく「仮面ライダー2号一文字隼人 」のその後の40年間を彷彿させる
ものと捉えて間違いないだろう。
そしてなにより驚いたのは、
作者の篠原明夫氏が私の知人であったことだ。
知人といってもちょっと面識がある程度で友人と呼ぶにまでは至らなかったが、
袖すりあうも他生の縁。私の人生に関わりのあった人物の一人に変わりはない。
20年くらい前だろうか、単発のバイト先に5、6人の男がいた。
休憩時間、
健康関連の本を読んでいた私に、
「健康に関心があるのですか?」
と声をかけてきたのが篠原君だった。
「買ってはいけない」という本をそのとき彼から借りて読んだ記憶がある。
数日後、新百合か新宿かファミレスでビジネスの話も聞いたが、あまり興味がわかず
名刺交換だけして、「じゃあまた」ということになった。
その名刺はもう紛失してしまったが、
確かにシノハラステージングと書かれてあった。
画像も確認してみたが、髪が白くなっていた以外ほとんど変わっていない。
住所は板橋区徳丸とあり、
昔いた徳丸純子というアイドル歌手を連想したので今でも覚えていたのだ。
その10年後、即ち今から10年前、
やはりどこかの劇場でシノハラステージングのチラシを目にし1枚手にしたこともあり、
「ああ、あの時の彼ビジネスだけじゃなく演劇もやっているんだ・・・」と
改めて認識した記憶が昨日蘇ってきたというわけだ。
継続は力なり、
篠原氏に限らずあの当時交流のあった人たちで、世に出てきた知人は結構いる。
が、コイツは間違いなく売れるなと思っていたような今でいうイケ面などでもその多くはやめてしまったか、
未だに下積んでいるのか、出てこない人間も数え上げればきりがない。
最後になるが、画像リンクを貼っておくので "男” の生き様をご覧下さい。
改造人間哀歌 THE MOVIE 曼珠沙華の詩予告編
改造人間哀歌 THE MOVIE 曼珠沙華の詩本編
原点にして頂点 仮面ライダー1号(第975話)
去る4月19日、
つまり昨日だが「仮面ライダー1号」を観てきた。
実に劇場で映画を鑑賞するのは10数年ぶりだ。
多分今世紀に入って初である。
数ヶ月もすればTSUTAYAやゲオでレンタルできるだろうし、
もしかしたら1年も待たずにTVで放映されるかもしれない。
ただ、藤岡ライダーが主演とあっては、
やはり敬意を評し、劇場へ足を運ぶのがファンとしての筋目であると思ったのだ。
いや、レンタルまで待ちきれなかったというのが正直なところかもしれない。
既に公開されて3週間も経ってしまったが何とか間に合った。
平日の昼のせいか客は俺一人という有様。
場所は新座市で唯一の映画館。駅からは遠い。
家からはチャリンコで25分くらい。
11時45分からというのに一向に始まらず、もしや劇場を間違えたのではと焦った。
12時丁度に開演した。
そして13時35分終了。
256人席の大空間にただ一人という贅沢な時間を過ごせた。
一応指定席となっていたが、どこに座っても文句は言われなかったろう。
個人的には十分納得のいく1800円、
充実した95分だった。
平成の若いライダーもそれなりに魅力はあるが、
大人ライダーの人間力、存在感は安定していて知らぬうちに引き込まれてしまう。
藤岡弘、の重厚感はとても69歳のそれではない。
特に帰国前の冒頭のアクションシーンでは、スティーブンセガールを彷彿させる迫力があった。
「さっきの男、すごかったな。何者なんだ?」
「お前知らないのか、あれが本郷猛だ」
「仮面ライダー」ハリウッド版が始まったのか、と。
AKBとは高橋みなみの事である、と秋元プロデューサーが言っていたように、
かつて、
「仮面ライダー」のプロデューサーが、原作者の石森章太郎に、
「仮面ライダーのその後は?」
との問いに、
「藤岡くんを見ていればわかる」
というようなことを答えていたらしい。
つまり言い方を変えるなら、
仮面ライダーとは藤岡弘、の事である、と。
まさに原点にして頂点とは言い得て妙。
さて、今回映画館に行くのが3週間も過ぎてしまったのにはひとつの理由がある。
まずは「仮面ライダーゴースト」の知識が必要であると思い予習していくことに決めていたからだ。
こんなこともあろうかと、
昨年の開始時から撮りだめておいたのだ。
なかなか時間が取れず、やっと今週の日曜日1話から27話までまとめてチェックすることができたので、
月曜日の夜勤明け、つまり昨日映画館に行けたのである。
ノバショッカーの野望など、小さい子には少々難しいのではという部分もあったが、
それはそれでいい。
その時は理解できなくても、感覚が覚えているものだから。
私も昔やっていた「仮面ライダー」や「ウルトラセブン」など
ストーリーまで全て当時理解していたわけではないし、
時を得て、ああそういうことだったのかと感じる時は来るからだ。
さて、「仮面ライダー1号」、
一口に45年というが、小学校1年だった私が52歳になるくらいの時が流れているのだ。
あの立花藤兵衛
にこんな可愛い孫娘がいたのか、
などと、様々な思いが頭をよぎり、
最新作なのに懐かしさが込み上げる不思議なドラマであった。
今作品のテーマは生命。
そして心に残るシーン、名言は多数あれど、
中でも自立性。
若者に限らず大人でも依存心の多い人間は多い。
もうひとりの主人公タケルが本郷に力を貸してほしいと頼んだ際に、
「人に頼るな。俺にもたくさんの仲間がいたが、仲間に頼ったことは1度もない」
とはいえ、世の中自分ひとりで解決できない問題は山ほどあり,時には人に頼ることもあっていいのだが、
それは自分自身が最善を尽くしたあとであるべき。
そこまで必死な姿を見れば頼まれずとも手を貸したくなるというのは真理である。
何度か涙腺が緩む場面もあり、
遠慮せずに鼻水をすすることができたのは平日昼間の特権であろう。
ノバショッカーにこてんぱんに打ちのめされ、瀕死のショッカー大幹部地獄大使、
地に臥したまま戦う力など到底残ってもいないのに、本能なのか、
ノバショッカーに勝利し去りかける本郷猛に向かって発した一言、
「まて、本郷。俺と戦え。頼む!俺と戦ってくれ」(的な)
戦闘員には決して言えない宿敵地獄大使 ならではの重いセリフである。
その瞬間、あまりの切なさにわたしは堪えきれずに嗚咽した。
武士の情け、
地獄大使に止めを・・・
刺さずに、
「地獄大使、・・・体をいとえよ」(だったかな)
そう言い残しネオサイクロン号にまたがり・・・。
エンデイング。
1800ccのバイクを颯爽と操る筋骨隆々のオヤジ、
今のライダー世代から見ればオジイサンとも言えるが、有無を言わせぬ迫力。
50周年でもまだまだ期待できそうだ。
DVD付きのパンフは売り切れ、
普通のパンフを、と思ったが、
それも見本用に飾ってあるものしかないとのことだった。
その最後の1冊を手にし劇場を後にした。
その帰り道本屋で、こんなものも買ってしまった。
興奮冷めやらず、
気前よく財布の紐は緩んだのである。
おまけ)
こちらは2、3週間前に買ったエッチら本。
表紙が去年の
「仮面ライダードライブ」で敵幹部メビックメディック
をやっていた子だったため思わず手が伸びてしまった。
何だかんだ言って平成ライダーも全部ではないがかなり見ている。
大泉撮影所まではチャリで30分もあればいけそうな距離なので機会があれば見学でもしたいものである。
2016年1月は-10000円強(第974話)
1ヶ月をこれほど長いと思ったのは久しぶりだ。
今年は元旦から仕事だったが、一応年末2、3日帰省し、
友人の娘にお年玉もあげ、正月の儀式らしいことは軽くした。
確かに現実世界ではあれからひと月しかたってはいない。
なのに気分的にはもう3ヶ月くらい過ぎたのではと感じている。
記憶にも新しい。
6日連続での日経マイナスでスタートを切った新年。
陳腐な言い回しをするならば波乱の幕開け。
実は年末30日、
ドル建てで新口座を作ってしまったため、
何もしなくてもチャリンチャリンと金が減っていくという嫌な日々をおくっていた。
12月、原油相場などから見るとドルはしばらく下がるだろうと、
予想していたにもかかわらず何故ドル建てで口座を作ったのかと言えば、
ただ単にゼロ表示が少なくなればマイナスの時ショックも和らぐだろうという浅はかな考えからで、
通貨というものの本質を理解していなかったのだ。
約4200ドルの新口座。
1円下がれば取引をしていなくても自然に4200円金が減っていく。
120円台で買ったドルが、あれよあれよという間に115円台に。
下がる下がると思いつつも上がってくれと願う矛盾。
実際のところはそれでもドル円はSELLで攻めていた。
毎日が乱高下ともとれる相場。
そんな中にどっぷりと浸かり疲れ果ててしまった。
株に関しては、
売り目線でエントリーするものの大きく上昇しやられ、
それをあざ笑うかのように間もなく落ちる。
これは様子見、静観すべきなのか。
結局株は2日で32000円食われ、
月後半は全くやっていない。
FXはほぼ毎日やった。
ただロット数を上げるとすぐ負ける。
損切りもかなりしたが+22000円。
相殺して-10000円というわけだ。
とりわけ昨日の黒田発言前は、
小ロットとはいえポジションを5つも持っていたため恐怖すら感じた。
昨日に限っては買い目線だったためやられずに済んだが、
こういう日はやはりおとなしくしていた方がいいかもしれない。
ドル建て口座、昨日プラスに転じたが今年は油断できない。
1ドル100円を切る日がそう遠くない気もする。
なので今のうちに円口座に資金を移動して逃げたいと考えている。
そうすると逆に130円くらいになったりするかもしれないが、
まあその時は諦めもつくだろう。
初のマイナス金利などをやってのけたのだから、
黒田ラインとか言われる125円を軽々と突破する可能性は十分に考えられる。
しかし油断させておいて奈落の底に突き落とすのも奴ら投機家の常套手段だ。
フンドシの締め忘れだけには注意したい。
個人的には円安でも円高でもどっでもいい。
稼げるようになって、パスポートでも作れば円高歓迎にもなるだろうが、
今はどっちでもようござんす。
ということで明日から4月、いや2月が始まる。
心してかかれ!!
乱高下(第973話)
昨日朝9時前、
株の寄り付き気配を見ながら為替の流れを予想してみた。
予想という言葉を嫌う人も多いのでシナリオを立てたとしておこう。
まさか、日経株価のような大きな動きになるとは思わなかったが、
為替も似たような感じになった。
(ユーロドルはそれほどでもなかったが)
しかしまだまだ上がるような感じがして手が出ない。
今回はデモなのでバンバン張れたがリアルなら急騰した段階で損切って終わったであろ
う。
このあと急落が来る、と予想していたとしても。
そして予想通り値を戻した時、地団駄を踏む羽目になるのだ。
しかし値を戻す保証はない。
なので損切ることは正解と言われている。
FX、
今月は今のところリアルで32000円くらい利を得ている。
(5000通貨~5万通貨まで)
しかし、先月株で惨敗した分をまだ取り戻せてはいない。
FX、
デモでは今月32000ドル(約380万円)稼いでいる。
(3000通貨~50万通貨まで)
しかし、デモはデモ。
1千万稼ごうが1億稼ごうがチョコレート一枚買えない。
それでもゲーム感覚でやる分には面白い。
適当にやってるうちはほとんど学びはなかったが、
損切りできるよう努力を意識してからはなるほどと思う部分が増えてきた。
だが、やはり緊迫感という点ではリアルの比ではない。
今年もあとわずか。
株もFXもリアルではまだまだかなりのマイナス圏であるのが残念だが、
勝利は確信している。
デモトレード、全ポジション利確(第972話)
一銭にもならないデモトレに何の意味があるのか、
まあそれでも色々考えさせられた3週間だった。
10月2日、このポジションから始まった。
本来は損切るべきものだったとすぐに後悔。
ドル円はどんなに下落してもいづれは120,5くらいまでは戻ると確信していたが、
ユーロドルはひょっとすると1,13よりは下がらないのではと不安になる戦いだった。
1万ドルを5万ドルまで増やしたと思ったらあっさり4万ドルやられたのが先週の話。
結局、ゼロになるまで続行を決意。
昨日の昼時点で30ポジくらいあったが
夕方から動きがあったよう。
16時ころpcを閉じたので相場は見ていなかったが、
19時過ぎいくつか決済した。
そして次に22時前PCを開くとさっきまで-9000ドルくらいだったのがプラスになxっている。
一瞬、目を疑ったがユーロドル急落していたのだ。
そしていよいよ2ポジ残すのみとなった23時。
最後まで見届けたかったが寝た。
今回は勝っても負けてもとにかく終わらせたかったのでストップも入れておいた。
そして今朝見ると損益0の文字。
ホッとした。
今週はうまくトレンドに乗れていたがそれは結果論。
先週までの弱気が継続しロット数を1から0,5に落としてしまったため利はそれほどではない。
さて次はまたリアルトレードだ。
実は今週もリアル6戦したが2勝4敗。マイナスに終わっている。
株も今週22000円負けている。
まだまだ修行が足りんようである。
(この数字がリアル口座のものだったら大変感激なのだが・・・)






















