スリランカの恩  投稿記事
スリランカに旅行し「ジャヤワルダナ・センター」を訪れた。
故ジャヤワルダナ元大統領は、1951年のサンフランシスコ講和会議にセイロン代表(当時蔵相)として出席。
「憎しみは憎しみによってやむことはなく、愛によってやむ」というブッダの教えを引用して対日賠償請求権を放棄し、日本を国際社会の一員として受け入れるよう訴えた。
センターには会議で演説する元大統領の写真などが展示されていた。
日本が大きな恩を受けた人物である。
深い感謝とともに、その名を日本人に知ってほしい…‼︎

今の日本、日本人…何をしているのだろう。
1人ひとりが確固たる信念を持ち、大志を抱き国内外に貢献する時だと思うが…
犯罪ばっかり…お金に関する事件ばっかり…子どもを巻き込むバカな大人の報道ばっかり…‼︎

宮崎の海


本土決戦備えて…新聞記事
1945年、志布志湾付近で本土決戦に備えて竹やり訓練をする女性ら…と載っていた。
もんぺ姿にハチマキをした多くの女性が竹やりを構え陸軍の兵隊に指導されている写真だ‼︎
(志布志湾とは鹿児島大隅半島の東部に位置する)

終戦工作最後まで綱渡り
日本政府は「戦争継続」と「講和」の間で揺れ、ずるずると…その間多くの人命が失われた。
沖縄での敗戦が確実になった1945年6月ソ連に和平仲介を依頼した。

7月に入り、ポツダム宣言を黙殺…その後、原爆投下‼︎
ソ連が満州になだれ込んでくる。
陸軍はポツダム宣言の受諾に反対…最終的に終戦は昭和天皇によって決められる。
もし陸軍が強硬に戦争継続を主張していれば、本土決戦の可能性‼︎
その場合、戦後の日本は連合国に分割されドイツのように民族が分断されたかもしれない。

米軍の2段階の上陸作戦計画
米軍は上陸作戦を「ダウンフォール(殲滅)作戦」と呼んだ。
南九州を狙う「オリンピック作戦」(鹿児島大隅、薩摩半島と宮崎日向灘への上陸)
関東の九十九里浜や相模湾沿岸から上陸する「コロネット作戦」
それぞれ45年11月1日と46年3月1日の開始…
投入兵士は200万人、化学兵器使用する計画も立てていたとされる。
双方多くの死傷者が出ただろうと…南九州を狙う作戦が実行されていたら…僕の親も自分達5人のきょうだいもいなかっただろうな‼︎

 

宮崎の海