今日は雨降りです…公園のさくらも満開に近づいてきました(笑)
明日は「八十八夜」 立春から88日目…
お茶は静岡と鹿児島が生産量として有名…同僚が静岡茶を姉が知覧茶を送ってくれます(V)
「おろかゆゑおのれを愛す桐の花」 読売新聞 四季
自分を賢いと思っている人は冷たい。
少しでも自分の愚かさに気づいている人は人に優しくなれる。
そこが神ならぬ人の哀しさだろうか。
初夏の空の桐の花を仰ぎながらそんなことを思う。
庭の花 この後ツツジ ぼたん シャクヤクが彩てバラが12月まで咲く
90代念願の一人暮らしの先(今後の生き方を相談)「抜粋」
極上の孤独生活を楽しんでいる。
歯と足腰の痛み持病の苦しみを差し引いて自分の思うがままに物事を運んでいける。
寿命が近づいたら、何の未練もなくこっそりと逝きたい。
一般的に医療の恩恵にあずかりながら、一日でも長く生きなければならないものか…。
この相談に対して
内村鑑三の「後世への最大遺物」と題する講演をもとに、お金もない、手がけた事業も名声も思想もないという、普通の人でも後世に遺せるものがある。
それは人に恥じない、真面目な生涯を送ることである。
そしてこの世は楽しい世であったと語ること、これは誰にでもできる。
あなたの生き方はまさに「最大遺物」になりうるものである。
ただし、もはや十分生きた、と生を見限るのは早計というものです。
人は天命に従うべきです。
道南 松前
「ありがとう」出し惜しみせず 80代女性投稿
夫との2人暮らしも結構長い。
夫は元々こまめなたちで、よく体がうごく。
私も年を取るたびに何かにつけ夫の手を借りていることに気がつき、「ありがとう」の言葉を口にするようになった。
若い頃は当たり前と思っていた自分の横着振りを大いに反省する昨今だ。
身近な人にはつい言いそびれてしまう「ありがとう」の言葉。
この言葉は私自身をも優しくしてくれるように思える。
「ありがとう」の言葉は出し惜しみをせず、相手に伝えよう。
バスや電車で席を譲ってくださった人には大きな声で「ありがとう」を言おう。
年を重ねてくると何事も一人では出来なくなる。
だから、人の手を借りなければならないことが多くなる。
そうしたことへの感謝が、私に自然と「ありがとう」の言葉を出させるようになったと思う。
「ありがとう」。
心がとても温かくなる言葉だ。
なぜか他人にも優しく接することができるみたいだ。
それも「ありがとう」の効用だと感じる。
「フォークルに救われた」20歳の女子大生
お気に入りのフォークシンガーがいる。1960年代の「ザ・フォーク・クルセダーズ」です。
彼等との出会いは高2の時でした。
陰鬱な気持ちを抱えたまま日々を送り、誰にも頼ることが出来なかった私は、ふとYouTubeで「悲しい」と検索してみました。
すると「悲しくてやりきれない」という歌がヒットしました。
悲しくてやるせないモヤモヤを誰かに分かってほしい。なんて私の気持ちを代弁してくれる歌だろう。そんな思いに優しさと寂しさを併せたような曲調が相まって暗いトンネルを抜けるまで何年も聴き続けました。
発売から50年以上たっても色あせない、思いの籠った歌に支えられ続けています。
「悲しくてやりきれない」
実は僕もギター片手に歌っていました(V)











