「花火」
人生は花火のような
ひと夜のまたたきだ
でもその繰り返しの果てに
私がここに立っている
繰り返し上がり
光を散りばめる花火
繰り返し上がり
消えていく人生
光りながら
時々甲高い悲痛な声を上げながら
夜の闇に消えていく花火
まるで何もなかったかのように
夜の闇に戻っていくけど
私の目に残像は残り
光の記憶も残っていく
どんなに光が消えたとても
それが夜空に上がらなければ
私は今ここには居ないのだ
歴史という深い闇のような
時間と空間のなかで
人はいつも足掻き苦しみ
結局は大きな流れに吸い込まれていく
誰に自分の何かを証明しようとしても
結局は何も残りはしない
形は何も残らない
でも華やかに軽やかに空に上がり
力の限り、尽きるまで光り
声を挙げたことは
まぎれもなく
その時の流れのなかで
壮大な絵のピースを担う
なんらかの役目を担っている
だから私が生を受けて
ここに居るのだ
悲しむことなどない
嘆くな花火
誇れよ花火
私がここに居ることこそが
数々の花火の証明なのだから
☆
皆様、こんにちは
桜水現実(オースイうつつ)です
昨夜はご先祖様所縁の神社での
花火大会でした
信じられないことですが
私は生まれて初めて観に行きました
田畑と星空が広がる
電灯も何もない田舎道を
ゆらりゆらりと歩いて行った先に
にわかに人だかりが見えてきて
そこに提灯が並んでいる神社
まるでタイムトリップしたような
そんな場所にそこはありました
花火は
その境内のすぐ前の広場から上がり
頭上いっぱいに広がり
火の粉も光も一緒になって
降り注ぐようで
花火が神事であり
奉納だという意味が
腑に落ちました
次々と上がる
三千発の花火を観ていたら
前日見た映画の台詞が浮かんできました
飼っていた猫が死んで
悲嘆にくれる主人公が
死=終わりというようなことを
言った時に
猫の葬儀屋さんがこういうのです
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それは終わりではなく
単なる時間と空間の問題だ
この世界では人の人生は
ずっと平行線だけど
ここではなく
宇宙のどこかで
交わる場所があるのだと思う
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ちょうど数日前に
父の命日を迎えて
しんみりしてたせいもあるのですが
花火を見て思いました
すごく月並みで
陳腐な言い方になるのですが
ご先祖さんも両親も
全ての所縁の人たちは
今も私のなかに生きている
ご先祖さんや肉親たちを
助けてくれた人たちも含めて
出会った人たち全部が
それぞれの人生を支えて
今も私のなかに生きている
そんなことを考えながら
家に戻ってから
この詩を書きました
☆
読んで頂き、ありがとうございました
U22