こんにちは
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
時々なぜだかわからないけど
過去に起こったことや
過去に出会った人たちや
今も続いていても
過去に何かあった人たち
疎遠になってしまった人たち
そういうものばかりを
見てしまう時期があります
今を生きるために
過去を解放しなさい
などと
よく言われますが
そうはなかなかいかないことも
多々あります
申し訳なかったという
罪悪感が生まれたり
どうしてあんなことになったのかな
なんていう悲しみが湧いたりします
場合によっては
あれは本当に腹がたったわーなんて(笑)
強い言葉でいうと
うらみつらみを思い返したりも
あるかもしれません
私もここのところ
そういう「過去思い」時期に
はまっていたような気がします
両親が亡くなった時のことを
たくさん思い出して
自分ができてなかったことを
後悔したりしていました
ちょっとしたことで
疎遠になってしまった友人に
思いを馳せていました
ほんと、ここんとこ
「今ここ」に存在して
いなかったな~と思います
でも、それはそれで
とってもよかったです
なぜなら
すごくじっくりと
立ち止まることができました
そして
立ち止まれるということ
それは
先を急いでいないということ
根底には
前向きに流れ続ける人生が
ちゃんとあるんだと
無意識でわかっていることだと思います
その信頼が少しでもないと
きっと立ち止まることすら
恐くて仕方がなくなるでしょう
立ち止まることは
人生が止まることとは
全く違うのだから
よしよしちゃんと分かっている
そうやって
自分を褒めてあげました(笑)
☆
後悔はあっても
悲しさや怒りがあったとしても
見方を変えると
それがないと存在し得なかったもの
それがないと自分が持てなかったものが
多かれ少なかれあります
たとえば別れは
誰にとってもどんな形でも
きっと傷つくことが多い
人生のイベントだと思いますが、
それがあったからこそ
手に入れた良いもの
たとえば新しい人間関係があるし
あるいは
自分の作り出しがちな
自分を傷付けるようなパターンに
気が付けたりもします
そう思うと
なんだか
いつも何かが約束されている
と思えて、気が楽になります
きっと
私の人生は
私の知らないところで
ちゃんと導かれているんだな、と
私の場合
過去を思い出したり
過去ばかりに思いを馳せちゃう時は
過去に囚われている
とは、あまり思わないように
口にも出さないようにしています
まるで悪いことのように
自分にプレッシャーをかけちゃうと
ちゃんと立ち止まれないような
気がするからです
それよりも
こうして過去を振り返るのは
自分が何か知っているからだ
(知ろうとしているからだ)
次にやってくるステップのヒントを
拾い集めているのかもしれない
つまりは
次のステップが近いのかもしれない
そう考えるようにしています
そう思っていると
恐れが覆っていた
悲しみや後悔、罪悪感や怒り
そういうものから
ふっと「約束されていたもの」が
自然に姿を現します
ギフトと言い換えても
いいかもしれません
すると、ネガティブな感情が
極度に力を失っていくのが
分かります
もちろん
それでもまた少し経つと
同じ出来事を思い出すことも
あるかもしれません
その時もまた
あー私はまだ乗り越えてない
そう思うよりも
この体験はするめのように
何度も何度も
人生のエッセンスを抽出すると思って
もう一度取り組みます
自分にダメ出しするよりも
そう考えたほうが
とっても気持ちが楽になります
☆
「過去は水に流せ」と言いますが
そんなに簡単にはいきません
でも
笑顔のシーンを思い出せば
きっと感謝が生まれるし
そうではない顔のシーンから
教えと愛を拾えたら
きっとほかのものは
自然に流れていくものなんだなと
思っています
U22
