皆様、こんにちは
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
まがりなりにも
翻訳をさせて頂いている身として
どう訳したら伝わるかなと
いつも考えてしまう感情があります
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切なさ
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ふとAIに聞いてみたら
longing
bitter-sweet feeling
heartache
poignancy
sweet sorrow
tender ache
などが出てきました
でも少し違う
うーん
で、その「切なさ」なのですが
ところで皆さんは
『泣いた赤鬼』という物語を
知っていますか
私が幼い頃読んだのは
確か初版本で
浜田廣介さんが書かれた物語に
池田龍男さんが絵を描いた
児童文学です
物語はこうです
昔、人里離れたところに
赤鬼と青鬼が住んでいました
人々は鬼を恐ろしいものだと
嫌っていましたが
赤鬼は人間の友だちが欲しくって
家の前に立札を立てます
「心のやさしい鬼のうちです。
どなたでもおいでください。
おいしいお菓子がございます。
お茶も沸かしてございます」
しかし疑って誰もやってこず
いつもさみしくて泣いていました
そこへ訪ねてきた青鬼が
見かねてこう言います
僕が人の里で大暴れするから
赤鬼くんが来て
僕を懲らしめればいいよ
そうすればきっと皆君のことを
好きになってくれるよ
そして作戦は見事成功して
人間は赤鬼を受け入れます
赤鬼はとても楽しく
暮らすようになりました
しばらくして
赤鬼はふと青鬼のことを思い出し
青鬼を久しぶりに訪ねます
すると青鬼はおらず
扉に赤鬼への手紙が貼ってありました
「赤鬼くん、
人間たちと仲良くして、
楽しく暮らしてください。
もし、ぼくが、
このまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
それで、ぼくは、
旅に出ることにしました。
長い長い旅に出るけれども、
いつまでも君を忘れません。
さようなら、
体を大事にしてください。
ぼくはどこまでも君の友達です。青鬼」
物語はその手紙を読んで
顔をくしゃくしゃにして
大粒の涙を流す赤鬼の顔の
全面アップで幕を閉じます
その時の絵は
幼い私の心を一瞬で貫いて
私も赤鬼とともに
なんどもなんども手紙を読み返し
大泣きしました
ちなみにこの「絵」は
池田龍男さんが挿絵された
初版版のものです
作家の江國香織さんのエッセイに
『泣いた赤鬼』のラストについて
その絵をみて持った
その時の感情を
見事に言いきっている一文があります
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あれは私が生まれて初めて知った
「切なさ」という感情だった
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子どものイマジネーションは
制限なく広がるようでいて
まだまだ
守られた環境のなかだけのものです
大人がいて
子どもは物理的に
自分より弱い存在として
誰かの守護を受けていることを
当たり前のように
感じています
ひょっとしたら
子どもの私が
そんな時に読んだこの物語は
私のなかの
その守護もいつか
いなくなってしまうかも
そういう恐れを
湧き起こしたのかもしれません
もちろん
赤鬼とともに
大きな感謝の気持ちとともに
ああ、やっぱり
「切なさ」は日本語でも
言い尽くせませんね
あの物語を
「自己犠牲の尊さ」などと
一言で片づける評もあるようですが
今、私は大人になって感じます
あの時は赤鬼の気持ちに
なってしまったけれど
青鬼は果たして
絶望感で去っていったのだろうか
もちろん赤鬼と一緒には
もう居れなくなることは
寂しかっただろうし
こんな結果は想像してなかった
かもしれないけれど
彼は赤鬼の笑顔を見て
心から嬉しく、とても幸せを
感じたに違いないと
だからこそ
「いつまでも君を忘れません」
という言葉が出てくるのだと思います
彼がしたことは
もちろん最初は
赤鬼のためだったけど
たぶん旅先で思い出しても
一生分の勇気をくれるぐらいの
ギフトがあったのではないかと
そう思うのです
誰かを思って行動できた
そのことは
新しい土地で
力強く生きていくための
これから始める冒険への
大きな激励になったと思います
大人の私は思います
一つの出来事は
両者にとって学びです
赤鬼はきっと
ここで「罪悪感」を持ったでしょう
小さな読者の私も
一緒に持ちました
(もしかしたら
「切なさ」の感情のなかには
「罪悪感」のスパイスが
入っているかもしれませんね)
それもまた
青鬼の未来を信頼することで
感謝に変えていく
彼の学びというギフト
なのかもしれない
人から何かをしてもらうと
日本人はよく
「ありがとう」の代わりに
「すみません」と言います
ラストシーンの
赤鬼はきっと
両方をもっていたことでしょう
「切なさ」の翻訳は
結局分からないけれど
これだけは絶対間違いないと
思うことがあります
人生というものが
コントロールできないからこそ
「切ない」という感情も
生まれてきます
ですが
コントロールできないからこそ
「信頼」という試みや
「祈り」からの尊い確信も
生まれてくるのです
昔小説家を目指していた頃
素晴らしい物語とは
着地で終わるのではなく
離陸で終わるものだと
脚本家の先生が
教えてくれました
『泣いた赤鬼』では
赤鬼と青鬼の両者の
これからの成長を思い巡らす時に
読者のなかで
きっと内なる飛行機が
飛び立つのではないかと
私は思います
U22
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☆☆☆
紫陽花が美しい季節になりました
