皆様、こんにちは
桜水現実(オースイうつつ)です
よく敏感に察知しろ!とか
五感を鍛えろ!とか
考えるな、感じろ!とか
はっとさせるような
とても素敵な(笑)言葉は
たくさんありますが
私は時々自分に
〇___________
鈍感力を養おう
___________〇
と言いたくなることがあります
人って本当に
いろんな情報を取り入れて
生きていると思うんです
私は末っ子だったせいか
人の顔色や気持ちを伺うことが
とても多かったように思います
なんとなくでも
周囲がうまく行くように
立ち回らなくては、と
末っ子でなくとも
そんな気持ちを持っている人って
案外多いのではないでしょうか
それで
うまく立ち回ったはずが
本当にこれでよかったのかなと
問題が複雑であればあるほど
今度は結果を見極めるために
いろいろな人を見て
いろいろな状況を見て
誰も傷ついていないかな
誰も不満ではないかな
これで万事うまく行ったのかな
見落としたリスクはないかな
自分は何も失わないかな
さて、この先はどうなるのかな
果たして、これで良かったのかな
そう考える人は
多いのではないかと思います
頭のなかが
情報でぱんぱんになっちゃって
まーじたばたするわけです(笑)
よく「手放しなさい」と言われますが
要するに
「鈍感でいてもいいよ」と
言われているのかもしれない
時々そう思います
でも
敏感な私たちが
鈍感になるには
それなりに勇気が必要なのです
鈍感になる!という
強い意図が設定されなくては
うまくいきません
「こだわらない癖」を
作っていかなくてはならないからです
人は皆
思い込みが激しいものだと
私は思います
私もあなたも
皆少なからず「思い込み」があって
人間として生きている限り
それがゼロになることなど
絶対にあり得ません
だからこそ
「思い込みをやめよう」ではなく
「鈍感になろう」と思ってみては
いかがでしょうか
「やめよう」という言葉は
義務感やルールを思わせますから
な~んか嫌ですね
なので
鈍感になろう
Let's 鈍感(笑)
最初は勇気が必要かもしれませんが
勇気をもって鈍感になると
おろおろしなくなり
私が動き回らなくても
回りは好きなように動いて行く
そう思えると
もう鈍感力の完成です!(笑)
すると
不思議なことに
「大丈夫」という思いが
すこしずつ立ち上がってくるのを
感じられるでしょう
なぜなら
目の前の人たちや状況が
動いて行く、進んでいく矛先が
自分を刺しに戻って来るかというと
そもそも鈍感で
あなたのエネルギーが
関与していないのですから
戻ってこようがないのです
決して
無関心になれということではなく
文句を言われるままになれと
いうことではなく
自分がこうしたほうがいいと
感じることに正直に、と
そこは思います
相手や状況の反応に対しては
鈍感になった上で
言わなくては
しなくてはいけないと思います
だから
鈍感力はあくまで
外側に発揮して
自分の内側に在る愛には
とっても繊細に
目を向けてあげるべきだと思うのです
自分の本当に好きなものを食べて
よくよくしっかりと
味わうことが大切であるように
内なる自分に目を向けただけ
健康に丈夫に育っていきますから
エネルギーは
目を向けた先から
同じものを携えて戻ってきます
それが法則ではないかと
☆
んで
誤解を恐れずに言いますが
鈍感であるということは
幸せなことだと思います
自分の幸せをちゃんと知ってる
証拠かもしれません
鈍感な人に
肩の力が入って
緊張している人は居ないと思うし
未来のまだ起こっていないことに
吐きそうになるくらい
恐れを感じている人も
また居ないでしょう
鈍感力は
内なる愛を
守ってくれているのかもしれません
だから
本日も鈍感力を養って
自分を大切にしようと思います
U22