皆様、こんにちは
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
☆
私が一押ししているドラマで
「僕の姉ちゃん」
というものがあります
このブログでも
何度も紹介しているのですが
黒木華さん演じる姉ちゃんと
杉本遥亮さん演じる
さえないどんくさい弟
両親が海外に
短期間に行くことになって
鎌倉の古い家での
「束の間の二人暮らしの記録」
面白いエピソードが
たくさんあるんですが・・・
☆
ある日
杉本くん演じる順平くんが
「俺の取りえってなんだろう」って
悩むシーンがあります
会社でとことん
劣等感を味わっているのです
姉ちゃんはこれまた
淡々と答えるんです
正確なセリフは忘れましたが
きっとこんな感じでした
_____________
あんたの
取りえなんて
あんたが知らなくてもいい
あんたを知ってる誰かが
ちゃんと知ってるんじゃないの
______________
思わず、うんうんと
頷いてしまいました
自分を証明したい
そう思うことって多いですよね
良い成績をとったら
資格をたくさんとったら
もっと痩せて綺麗になったら
条件の良い人と結婚できたら
この仕事をやりとげたら
有名な人と親しくなったら
なったら、なったら
「取りえ」というか
自分の「すばらしさ」を
証明したいがために
走り回っていることって
案外多いのではないでしょうか
でも
そんな私たちにも
あの人と話したら落ち着く
そういう人が
一人は居るかもしれません
飾らない自分を
そのまま自然に受け止めてくれて
普通の馬鹿話がいつでもできる
な~んちゃない話
順平にも
そういう友人が居て
姉ちゃんは
あの子いい子だよね
そのあの子があんたと友だちで居て
長話してくれてんだよ
と言います
☆
きっと誰かが
あなたの良さを知っている
そう結論づけるのは
尚早でしょうか
でも
自分の良さは
かならずしも
自分で知る必要はない
それは本当だと私は思います
自分を
アピールしなくてはいけない状況に
立たされている人も居るでしょう
でも
あなたのすばらしさを
ちゃんと知っている誰かが居る
ここでちょっと
そんな風に考えてみませんか
それは
もしかしたら
口が裂けても
そんなこと言うかよ!みたいな(笑)
照れ屋さんかもしれないし
もうこの世に居ない人かもしれない
なんなら
言葉を交わしたことなんて
ない人かもしれない
でも
そんな人が居ると思うと
肩の力がふっと抜けて
心が楽になりませんか
☆
「知ってる誰かが居る」
その誰かを信じる時
その人の顔を知っていても
顔を知っていなくても
その誰かを信じ始めると
その「誰か」は
次第に「自分」になってきます
取りえを上手に表現できなくても
取りえを言ってくれなくても
存在そのものが
「誰か」に認められているのなら
自信が立ち上がってきます
☆
ここがすごいよね!とか
ここが素敵だよね!とか
もちろん
めちゃめちゃ喜ばしい誉め言葉だし
たくさんたくさん欲しいけれど
そこがなかったら?と思うと
逆にそれをなくしてはいけないと
思ったりしちゃうかもしれません
その点
「誰か」は
あなたの素敵な「何か」を知っていて
あなた自身が気が付かない
その「何か」に魅せられて
いつもあなたを知っています
だから
自分を理論で評価するのはやめて
自分の中を「ないないない」って
探し回るのはやめて
バクっと
「誰かが知ってる」
それでいいのではないかと
私は思います
本気でそう思えるようになったら
きっと
「誰か」が「自分」に
重なってくるはずです
そしてそうなったら
自分でポジション取りしなくても
周囲が自然と
あなたの得意な分野で
役割を決めてくれているでしょう
なんで、ここに私が…
と言っているかもしれないけど(笑)
でもきっと幸せなはずです
U22
