昨夜は、こんな夢をみた。
私はどこかに行かなければならないと思っているのだが、もうバスがない。
そこに、小学校の時の同級生のまきなが君(仮名)がやってきて、運転免許をとったばかりだけど、今会社の営業で来ているから、送ってあげるというのだ。
ものすごい久しぶりの再会とこの助け舟に、私は感謝して、彼の車に乗った。そして、とっても下手なはらはらする運転で送ってもらった。
クラクションをたくさん鳴らされながら、走っているところで目覚めた。
夢は不思議だ。
意識もしていなかったことを、急に意味ありげに浮上させてくる。
朝起きて、昨日の雨から一転した青空を見ながら、「一体何だったんだろう」とぼんやり考え始めたら、心に浮かび上がってきた言葉があった。
小学校の卒業の時、当時可愛いノートを回して、ひとりひとりにメッセージを書いてもらうのが流行っていた。
まきなが君はとっても静かな子で、勉強があまり得意ではなくて、あまりきちんと話をした覚えはない。
こう言ってはなんだが、あまりに静かで友だちも居なくて、あまり所在がわからないような子だった。
全員に回していたので、まきなが君にもそのノートを回したのだが、返ってきたノートを見て驚いた。
「桜水さん、どうもありがとう。僕も綺麗で優しい桜水さんが大好きでした」
「綺麗で優しい」という言葉に、え?と思ったのを覚えている。
ドキッとするほどの感情もなかった。照れくささでもなく、なぜか認めたくない気持ちと違和感、怒りさえあった。
そのころ、自分は醜くて意地悪だと思っていた。
自分より勉強のできる子や可愛い子をみて、時々羨む心を抑えられず嫉妬する自分が、嫌で嫌で仕方なかった。
だから私は、意地悪だと思っていた。
鏡を見ては、なんて変な顔をしているんだろうと思っていた。意地悪そうな顔をしていると思っていたのだ。
そして、このいったん汚れた心はもとには戻れない。
私の心は、抵抗しても、きっとどんどんだめになっていくと、ずぶずぶと泥にはまっていくような絶望的な気持ちでいた。
青空を見ながら、この言葉を考えた時、ふと「あー、救いだったのだ」と気がついた。
あの頃の私に最初に投げかけられた大きな承認だったのだ。
癖のある字で書かれたその言葉は、私の胸の深いところに落ちて行って、今まで眠っていた。
お世辞も言えない彼が発したその言葉は、ごつごつした岩の間をすり抜ける清らかな雫のようにして、私の内側の深いところへと落ちていったのだろうと思う。
そして、それはそれからずっと、その嘘のないエネルギーで、私の乾いた部分を潤し続けてくれたのだ。
あの頃、ああして認めてくれたあの言葉を私は決して忘れていなかった。
それを受け入れられる時が、こうしてやってくるまで、大切にとっておいたのだ。
――――――――――――――
君がもし正直に心から真摯に語れば、
誰にでもちゃんと届く
なぜなら、その時、
君を通して、神が話しているからだ
――――――――――――――
アランがセミナーで以前そう言っていたことがある。
あの言葉は、まきなが君を通しての神からのメッセージであり、承認だといったら、それは言い過ぎだろうか。
魂ってきっとあると思う。
私のなかに、過去や現在、未来を超えたとても賢い何かが、きっとあると思う。
魂は、いずれ必要となる、いずれ目覚めを促してくれるその言葉を、ちゃんと取っておいてくれたのだ。
これはいずれ必要になるから、と親が子供にとっておくようにして。
見つめる先の青空に感謝が広がり始めると、私は大きく深呼吸をした。
そして思った。
私はきっとあの頃も今も未来も「優しくて綺麗」なままだ、と。
~日記より抜粋~
