皆様、おはようございます
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
ゴールデンウィークに入りました!
会社員辞めてから
曜日の感覚ってあんまりなくなって
下手したら
ものすごく間違えてることも
あるのですが
朝の空気感に
いつも教えられます
休日はこのあたりの全てのものが
緩んでいるような
落ち着いた空気が
不思議と流れているのです
そんな朝に(笑)
ちょっとお知らせですが
アランさんのUS事務局が出している
メルマガに
「くつろぎレター」が
ひさしぶりに載っていました
翻訳させて頂きましたので
どうぞご覧ください
アラン・コーエン日本事務局公式ブログ (ameblo.jp)
最近ちょっと不思議な感覚が
続いています
なぜか
観るものが生と死に関わるもので
これはもちろん
多かれ少なかれ
自分が世間のニュースに
反応して胸を痛めた結果だと思いますが
「魂」や「生まれ変わり」
「生と死」
そんなテーマに
自然にアクセスしているようです
最初は
夢から始まりました
内容は言えませんが
確かに意味をもっている夢
そのあと
人から紹介されたものを
見たり聞いたりしたのですが
先日は「特捜9」までが
そんなテーマの内容で
本当にびっくりです
他にも少し挙げると
福岡の友人が
偶然ですが勧めてくれた
韓国ドラマ「トッケビ」は
もーそれそのもので
(久しぶりに見た韓ドラ)
この「トッケビ」は
思いっきり生まれ変わりの話ですが
私が面白いなと思ったのは
死神の存在でした
このドラマでは
黒一色の服を着て
大罪を犯した者が神に命じられて
その時の記憶を手放した上で
死神になることを神に命じられ
使者を天国へと導くのですが
その間に
死神のカフェがあります
そこで
死神が入れたお茶を飲むと
現世の記憶が消えてしまうのです
そして
天国へのドアを開けて
階段をのぼっていきます
犬が迎えに来ていたり
先に亡くなった夫が迎えに来ていたり
なかなか面白いセッティングです
死神は
まるでライフコーチのように
そこで短い間だけ
傾聴をして
最後の一歩を踏み出す前に
死者を
自然に承認をしたりしています
その死神のカフェは
このドラマにおける「救い」です
あんな場所はきっとあって
ちょっと天国へ行く前に
ほっと一息ついて
お茶を飲みながら
だまって話を聴いてくれる人が
死神でも天使でもきっといるに違いない
今起こっている
悲しいニュースを聴きながら
そう思いました
ドラマの内容は
やっぱり
すったもんだの恋愛ものなので
一体どーしたいんだよっ!みたいに
ちょっと途中疲れちゃうのですが
面白かったです(笑)
そして昨日は
アランさんから教えてもらった映画
「HOMESTAY」を観ました
これって日本映画です
原作は『カラフル』というもので
海外でも人気の小説らしく
アマゾンプライムで観たのですが
世界に同時公開らしい?です
てっきり
アメリカかなんかに
ホームステイした高校生の話かなと
思ってみて見たら
ホームステイとは
身体に魂がホームステイしていると
いう意味でした
☆
この一連のドラマや小説を見て
また導かれたこの体験を通じて
宇宙の存在を感じました
宇宙はものすごい絶対的な力で
愛の方向性へと
そのエネルギーを
推し進めているのかもしれません
目に見えないものや
理屈や理論しか信じない科学者も
命や魂の存在には
口をつぐんでしまいます
説明がつかないことを
無いものにすることは
逆にとても悲しい傲慢ではないかと
私は思います
自分が全てを知っているとするのは
知らない領域を否定して
それは可能性まで否定します
だから
自分をがんじがらめに
していくのです
希望を自分から奪っていきます
説明できないことには
とても大切なことが多いのに
大切だからこそ
説明できないのに、と思うのです
神秘とは希望なのだなと
感じました
そして
愛の神秘を信頼するかどうかは
人それぞれなのでしょう
あらためて
私自身に
問いかけられた質問があります
あなたはどう生きたいですか?
でもそれはさほど深刻には
問われませんでした
「この人生が
ちょっと長めのホームステイならば」
やりたいことをやってみればいい
そう思っただけでした(笑)
愛の神秘を
信頼してみればいい
そう思ったのです
たとえば
「私は愛される価値があります」
というアファメーションがあります
アファメーションは
真実を思い出すために唱えるもの
それが真実かどうかは
体験してみなければわかりません
でも
「価値なんてないかもしれない」と
心はすぐに抵抗するでしょう
だからこそ
私たちは
心のドアをノックし続けることが
大切なのだと思います
それが実感と変わる日まで
それが真実なんだよと
自分に教えてあげ続ける努力を
していくことが大切かなと
理論的ではないとか
理屈ではわからないという前に
半信半疑でいいから
ノックをし続ける
それって
とっても必要なことだと思います
ドアは開く時は
意外にあっさり開く気がします
開くか開かないかしかないのだから
思い込みの枠は
外れる時は一瞬です
そして
もしドアをたたく気力が
消えそうになったら
その時はきっと
またそれを思い出させてくれる
サインや誰かが現れてくれるのでは
ないでしょうか
宇宙が絶対的な
愛の方向性で動いているなら
私たちは
いずれにしても
その愛の流れから
外れ切ることはできないのですから
U22
