こんにちは
 
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
 
今福岡の実家に戻って来ていて
とても良い時間を過ごしています
 
一人で過ごすには
大きすぎる家ですが
庭の樹木も季節感たっぷりで
 
とっても静かでほっとします
 
 
 
 
 
先日空港のカフェに入ったところ
 
 
ビジネスマンが
ものすごい勢いでミーティングをしていて
面食らいました
 
 
最初
席を間違えてしまったなと思いましたが
そのままそこに居ると
 
 
二人が口争いをはじめました
 
 
どうやら
 
上司と部下でもなく
取引先同士かな、と思うのですが
 
 
一方は仕事をきちんとした
もう一方は充分ではない
 
 
みたいな会話で
 
 
言っている内容は
細かいんですが
 
要は
 
 
職人気質の方が
それなりに一生懸命やった仕事を
 
「やってなかった」と言った
取引先の人がいて
 
その職人さんが取引先の人に
 
 
謝って欲しい
 
 
そこだとわかりました
 
 
「やってなかった」と言った人も
素直に謝ればいいものを
 
 
「あー、それは少し
言い方が違ったかもしれませんが」
 
とか
 
「まー、そういう考え方もある
かもしれませんが」
  
とか
 
のらりくらりと答えていて
 
私から見ると
いろいろ理屈でやりやっていても
 
 
謝れ!
いや、謝らない!
 
お前が悪い
おれは悪くない
お前の方が悪い
 
 
その押し問答の一語に尽きました
  
 
結局もう途中で
出てきてしまったのですが
 
 
あの人達は
着地点を見つけられたかなーと
ずっと考えてしまいました(笑)
 
 
 
アメリカに行く前に
アドバイスを受けたことがあります
 
 
もし事故にあっても
「アイムソーリー」は言ってはいけないよ
 
 
日本人はすぐに謝るけれど
もし謝ったら
その場で自分が非を認めて
責任をとることになるから
 
 
結局車の運転をしない私には
このアドバイスは必要ありませんでしたが
 
 
果たして
本当はどうなのだろうかと思います
 
 
ネガティヴ要素を含む意見は
いつの世も
危機管理という面で
 
本当にまことしやかで
 
それがごもっともって感じに
響き渡りますが
 
 
少なくとも
私がアメリカに居た時に会った人たちは
 
 
交通事故の時は知りませんが
アイムソーリーを
ちゃんと言ってくれて
 
 
気持ちの良い人が
とても多かったです
 
 
 
 
前にブログにも書いたのですが
日本人は
「ありがとう」のかわりに
「すみません」をよく言います
 
 
何かギフトをもらっても
「すみません」
 
誰に謝っているのでしょうか
 
 
 
最近つくづく感じるのは
 
人間関係をうまくいかせたいなら
 
 
ありがとう
ごめんなさい
 
 
これらの言葉が
正直に素直に言えれば
大抵大丈夫だということです
 
 
 
半世紀以上かけて
やっと手に入れた必殺技が
それですかー?と言われそうですが
 
 
そうなんですよー
 
 
そしてこれって
両親から最初に教えてもらったこと
ではないでしょうか
 
 
特に「ごめんなさい」は
やっかいです
 
 
なんだか
相手に負けたような気に
なることもありますね(笑)
 
 
でも
 
謝ることは
自分が全て
責任を抱え込むことではなく
 
自分が全部悪いという意味でもなく
 
 
そこからまた
その人との関係性を
再出発するための言葉だと思います
 
 
 そう言えば
 
 
よく
生前に母親は
喧嘩両成敗と言っていました
 
 
どっちも悪いというならば
どちらも悪くないということです
 
 
ごめんなさい
 
そう素直に本気で
言えた時には
 
必ず相手の怒りの炎が弱まります
 
 
ありがとう
 
素直に言えた時も
相手の顔が輝きます
 
 
そしてなによりも
 
 
自分の心がすきっとしませんか?
 
 
私は
体の上から下へと
さわやかな風が吹き抜けるような
気持ちになります
 
 
やり残したことが
なにもないような気持ちになるのです
 
 
言葉もまたエネルギーです
 
 
言葉そのものが
「こう言えばこういう意味をもつ」
 
 
そういう絶対的な定義は
本当はないのかもしれません
 
 
起こる出来事自体には
何も意味などなく
意味づけしているのは
私たち自身であるのと同じように
 
 
使う人のエネルギー
それを受け取る側の捉え方で
言葉も流動的に
意味を変えていくのかもしれません
 
 
 
うちの近くではよく
おじさんが
 
 
こん馬鹿たれが
おいの息子たい
 
 
などと嬉しそうに
自分の息子を紹介したりします
 
 
この素敵な者が
私の大切な息子です
 
 
なーんて
 
口が裂けても言わないみたいです(笑)
 
 
でも
 
皆知っています
 
 
その人がどれだけ
その馬鹿たれを
愛していて大切に思い
 
また誇りに思っているかを
皆知りながら
 
にこにこと
 
「馬鹿たれ」が息子だというのに
 
 
いいですねー!
 
 
なんて
 
返しています
 
 
なんだか
書き流しのエッセイらしく
 
話がぶれぶれになりましたが(笑)
 
要は
 
ありがとうもごめんなさいも
 
自分の心に直結して
 
言葉に出せれば
 
大抵の人間関係は
うまくいくんだということかな
と思います
 
 
私のスピリチュアルのバイブルに
 
ドン・ミゲル・ルイス著
 
という本がありますが
 
その第一番目の
人生を上手く行かせる約束は
 
「正しい言葉をつかう」です
 
 
自分の気持ちに
なんら尾ひれをつけない
正しい言葉を使うこと
 
もっと言うなら
 
正しいエネルギーを
正しく言葉を選択して伝えること
 
 
すみませんではなく
ありがとう
 
 
そういう考え方も
あるかもしれませんねーではなく(笑)
 
ごめんなさい
 
 
その一つ一つの積み重ねが
お互いのエネルギーを高め
 
素直な交流を生んでいくような
そんな気がしています
 
 
この二つの言葉が
ちゃんと使えれば
大抵の人間関係はうまくいく
 
 
あやまったことで
相手が高飛車になっても
それが何なんでしょう
 
高い位置から見ている存在は
 
きっと
 
どちらがより
本質的なエネルギーで生きているか
 
わかってくれているはずです
 
自分の心のなかに
 
やりのこしたことをのこさず
 
次にすっきり進むためにも
 
ありがとう
 
ごめんなさい
 
ちゃんと言えたらいいなー。
 
 
U22