皆様、おはようございます
桜水現実(オースイうつつ)です
私は時々
日記をつけています
こんな日記帳ですが・・・
思い付いた時に
つらつらと
書いています
これはある日の日記です
なんとなく
載せてみたくて
アップしまーす
☆
最近観ているドラマの中に、
とっても印象的なセリフがあった。
そのドラマは
姉と弟の束の間の
二人暮らしの物語で、
ちょっと変わった姉と
純粋で真正直を
絵に描いたような弟との会話が
日常のささいな出来事とともに
記録されているものなんだけど、
弟がこう聞くのだ
姉ちゃん、
姉ちゃんがさ
最近一番嬉しかったことって何?
姉はしばらく考えてこう答える
その人ただ待ってたの
スマホも見ないで
ただ待っててくれた
そして場面は
「ちょっといい感じの関係」の相手の男性が
ゆったりと外のベンチに腰掛けて
ただ夜空を見て
彼女を待っている様子を映し出す
弟は大きな目を
くりくりさせながら、
ふーんと言いつつ、
分かったような分からないような顔をする
☆
私たちはいつごろから、
待ち合わせの時に
「待つ」ことに集中できなくなったのだろう
携帯をいじりながら待つ様子を
私も良く目にする
自分が待つ時も、
携帯をいじってしまう
特にいじる必要性もないのに、である
あるいは
本を読みながら待つこともある
「待つ」という行為は
本当に忍耐を伴う
例えば人生で
何か良いことが起きそうで起きないとき
例えば占いの人に
「あなた〇〇月に素晴らしい人に出会いますよ」
なんて
いわれようもんなら、
もう待てなくて待てなくて
結局目を皿のようにしてその月を過ごし
肝心のこれじゃないかという時には
すでに待つのに疲れて、
どーでもよくなってしまう
なーんてこともあった(ような気がする)
忍耐を伴うはずの「待つ」を
集中して行える人は
きっと喜びを見つけるのが
上手な人ではないかと思う
人が集中する時は何であれ
喜びを感じている時だからだ
創作活動してる時なんて
説明がなくてもわかるし
仕事は嫌だ嫌だと言いながらも
プロジェクトに必死になっている時には
「こなしていく」ことに
喜びを感じていることも多々。
もう嫌になるーと言いながら、
好きでやっている
これはバシャールが言ったらしいけど
独楽が超高速で回る時には、
静止しているように見える
それほど集中している時は、
無心なのだ
そして、回り終わったら、
喜びのため息をつくようにして
独楽はゆっくりと大げさによろよろと倒れる
あーあ、疲れたーと満足気に言うのだ
だから、きっと
そのドラマの中の待っていた彼は
姉ちゃんに結構本気で
恋をしていたのだなと思う
姉ちゃんがどんな顔でやってくるのか、とか
これからどんな時を二人で過ごそうとか
何を思っていたかはわからないけれど
きっと本気で
恋を集中して楽しんでいたのだと思う
だったら、逆に
自分から集中することで
喜びを見つけることもできるのかもしれない
昔独立したての頃
自由になるお金があまりないので
リラックスのためによく散歩していた
時間だけはたっぷりあったのだ
あの頃目に入ってきた
路肩の花々の美しさや
澄み渡った空、
気まぐれな雲の愛らしさ
風の柔らかさや
それに乗って流れてくる
どこかの台所からの香ばしさ
携帯をいじる暇もないほど楽しかった
いや、被写体として
携帯のカメラに
必死でおさめようともした
人は不思議な生き物だ
内側に自分だけの世界をもっている
同じ外の世界を歩いていても、
気が付くものも感じるものも
人それぞれ違う
気が付くものが
喜びに満ちれば満ちる程
内側の世界が光であふれるのだ
目を向けるものに
自分の内側のピントを
合わせていけるのなら
私もまた辛抱強く待つのではなく
あ、そうそう、待たされるのではなく
楽しんで待てるかもしれない
人生に本気で恋をして
待てるかもしれない
☆☆
令和3年10月8日(土)
東京の自宅にて 晴れ
☆
ドラマ「僕の姉ちゃん」
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