皆様、おはようございます

 

アラン・コーエン認定

ホリスティックライフコーチ

桜水現実(オースイうつつ)です

 

 

今日は空が曇っていて

久しぶりに

外からの音が湿っています

 

朝からくしゃみが

二回でたところを見ると

昨日と同じような部屋着だったので

きっと今日は気温がどんと下がっているかも

 

 

昔親に怒られたり

誰かに問い詰められたりすると

 

ついつい黙りこんでいました

 

人と意見が衝突した場合に

 

人によって

その反応は様々だと思うのですが

 

私はどちらかというと

だんまりとしてしまい

 

 

母親から

よく憎々しげに

にらみつけられながら

 

 

何を考えとっとか

知らーんけど

(訳:何を考えているのか

わからないけれど)

 

 

と捨て台詞を言われていました(笑)

(懐かしいなー)

 

 

別に反抗する気持ちからではなく

 

何かが違う

 

その気持ちが大きくて

何を言ったらいいのか

わからなくなってしまう

 

というのが本当の理由でした

 

 

母親は怒ると

よく言葉が出てくるほうでした

 

父親は

私と一緒でだんまりでした

 

 

言葉が出てくる人は

だんまりの人に

 

ずるいっ!

 

と言います

 

 

だんまりの人は

何も言わないけれど

言葉が出てくる人に

 

一方的だ、と

 

少しは思っているでしょう

 

そりゃそうです

言い返さないんだったら

一方的になりますね(笑)

 

 

でも最近思います

 

 

言葉にできないことには

大切なことが多いなー、と

 

 

違和感は

言葉にならないから違和感なのです

 

 

でも違和感の後ろ盾には

 

直感というものが居て

 

心の地層の深いところにある

飴色の化石みたいなものから

 

信号を送っているのです

 

「あ、それ違うから」と

 

まっすぐに上に向けて

 

 

だから

 

 

違うと感じることには

「違う」であって

 

それがそのまま答えです

 

それに理由をいちいちつける必要は

まったくありません

 

 

ですが

 

この世の中では

説明が出来ないことは

行動をしてはいけないとなっています

 

多くの場合そうです

 

 

だからこそ

皆説明しようと無理をして

またそれが誤解を生んだり

 

 

あるいは

 

何も言わず

何か変だなと思いながらも

決められた行動を続けてしまいます

 

 

でも

 

 

説明ができることだけをするのを止めて

 

違和感に従って

説明ができないこと行動した人だけが

きちんと到達できる場所があって

 

 

そういう人達は

間違いなく

最終的には

自分なりの幸せを

見つけているのではないかと思います

 

 

はた目にはそうは見えなくても

 

私も今まで

反対されたことを

それでも、と思ってやったことで

 

人生の大きな方向転換を生み

今の幸せへと繋がった経験を

いくつかしてきました

 

 

うまく説明できなくて

結局だんまりのまんまになったけど

 

不思議なことに

それを実際にやり始めたら

説明責任のことなんて

すっかり忘れてしまいました

 

動き出した後には

説明をしなさいと言われることも

不思議となくなりました

 

 

だからこそ

 

説明できないところにこそ

本質が備わっていると思うのです

 

 

大切なものは目に見えない

 

星の王子様がそういうなら

 

大切なものは説明できない

 

それもまた言ってくれそうです

 

 

でもだからと言って

 

言葉でぎゃんぎゃんいう人が

それで満足しているかというと

 

そうでもないのかもしれません

 

 

何故わかってもらえないのか

自分の方が間違っているわけがない

 

そういう公認された

「正しさ」が欲しくて

ぎゃんぎゃん言ってしまうのかもしれません

 

 

それはそれで辛いです

 

きっとまた取り組むべきところが

あるのでしょうね

 

 

要は

 

その人も違和感を感じているのです

 

 

正しさをひとくくりにしようとすると

 

ひとくくりにされようとする人も

しようとする人も

 

きっと違和感を抱くのです

 

 

難しいな、と思います

言葉にできないものを

相手にわからせようとするのは

難しいな、と思います

 

でも反面

 

簡単だなとも思います

 

違和感を伴うことに

従うのをきっぱりやめて

 

相手にわかってもらおうと思うことも

ひとまずやめて

 

それで行動してみればいいだけ

 

責任は全部自分がとるんだから

 

相手に分かってもらう必要もない

 

必要なのは

 

その誠実さを守る

強さではないかと思います

 

 

よく使われるところの

相手にわかってもらうための

誠実さではなくて

 

自分に嘘はつかない誠実さ

 

それが結局は

自分にも相手にも誠実なのだと

思える潔い強さ

 

 

そして

 

すっごく簡単な言葉なんですが

 

人それぞれ

 

そう決めて

執着を手放す強さ

 

それに尽きると思います

 

 

今度何か周囲に反対されて

 

言い返す言葉がなかった時

 

言葉がなかったからと言って

自分の正しさを見失わないで下さい

 

 

説明できないところには

あなたの一番大切にしているものが

宿っている可能性が大です

 

 

説明できないものは

言葉を超えて

きっと尊いのだから

 

 

説明できないで居る人を見たら

 

説明できないで困っている

自分を見たら

 

説明をもとめず

ただ応援してあげよう

 

違和感を感じるのなら

 

違和感を感じないことは

逆に何ですか?

 

そう聞いてあげよう

 

私はそう思います

 

 

U22