皆様、こんにちは

 

アラン・コーエン認定

ホリスティックライフコーチ

桜水現実(オースイうつつ)です

 


朝起きるといつも聞こえていた

ウグイスの声が

今日は静かになっていました

 

8日に誕生日を迎えたせいか


ふと昔のことを思い出しました

 


昔飼っていた手乗り文鳥のこと

 


彼女は私にとって

スピリチュアルな成長のために

なくてはならない体験をくれました


 

ヒナの時から育てていたので

お風呂に入る時や学校に行く時以外は

いつも一緒の生活で(寝る時も)

私の心の友達、いえ家族でした

 

同じようにいちばん上の兄も

思春期の辛い時期を一緒に過ごし

私達にとっては

特別な友達で特別な体験でした

 


彼女の死は突然やってきました



それは私の不注意からで

わんわん泣く私の横で

兄が涙をポロポロこぼしながら


とても静かに

話しかけながら


硬直する前の

まだ温かな彼女の身体を

綺麗に丁寧に整えてあげていました



兄の横顔と

大切なものを大切に扱う

その指先が

何故かしっかりと目に焼き付いています



一方で

 

私は覚えていないのですが

 

そこに普段無口な父親がやってきて

泣いている兄に向って

優しくこう言ったそうです

 


人間には原罪というものがあるんだよ


肉を食べるだろう

殺生して食べるだろう

その時は何も感じないだろう

 

だけどお前は今

彼女が死んだのを見て泣いているね

 

それは何故か?


それはお前がピーコに

何か大切なものをもらったからだよ

 


何かをもらったから

悲しくて泣くんだ

 


「原罪」と言う言葉は

いわゆる辞典にのるものとは違い


哲学が好きだった

父なりの解釈なのかもしれませんが

 


このことを私は後から兄に聞かされて

たびたび考えるようになりました

 


先日あるセミナーで

家の近くの

銀杏並木が切られることが決まって

悲しくて仕方ないと言う人が居ました

 


あーきっと

その銀杏並木から

たくさん何かをもらっていたのだと

それを聞いた時思いました


 

大切な何かをもらうと

人は感謝をします

 


道端の花にも

毎日楽しく愛でていたものが

急にむしり取られるのをみると

涙が出ます


 

楽しませてくれていたこと

癒しをくれていたことに

感謝していたからです


感謝は神様との共通語と言う通り


 

その感謝を通じて

私達は神々と繋がることが出来ます

 

だからこそ

 

その「それ」がなくなると

悲しくてどうしようもなく悲しくて

泣いてしまうのかなと思うのです

 

神様を失ったみたいな

大切な何かが

切れてしまったような

そんな感情



切り離されたのは

居なくなる

死にゆくそれではなく

 


切り離されたと感じるのは

感謝をしてずっと一緒に居た

自分の方なのかもしれません


 

そんな風に全てのものに

感謝出来たら

きっとこの世はとても優しい世界になると

だからこそ思います

 


見るものすべてに

触れるものすべてに

 


愛を見出していけたら

本当に優しい世界に

なっていくと思うのです

 


でもそれでも

 

対象がなくなっても

感謝をし続けるかぎり

繋がっていられるのだとも思います

 


文鳥のピーコには

ずっとずっと心の中で

ありがとうを言い続けています

 


亡くなった父と母にも

ずっとずっと心の中で

ありがとうを言い続けています

 


部屋に飾っていた花は

枯れてしまったら

処分してしまうけれど

 

その前にありがとうと言って

 

次の花に出会う時に

それが引き継がれるように願います

 


感謝という感情は

 

人を決して一人にさせない感情です

 

対象がないと感謝は出来ません

 

 

自分にも感謝することが出来ます

 

自分の身体に感謝します

 

自分のハートに感謝します


魂にも感謝します

 


そうやって

自分と繋がっていくことが出来ます


自分と感謝で繋がり

神様とそこで繋がって


やっぱり

 

自分を決して一人にはさせません

 


寂しいなと思ったら

何かに感謝をすればいい



春になって

ウグイスの声を聞くたびに


まだうまくさえずれないひな鳥に

口笛をふいて

鳴き方を教えていた父や


家事の手をとめて

少しの間耳を傾けていた母や


みるみるうちに

冷たくなっていった

小さな心の友の姿



父の言葉

兄の手


思い出すたびに


胸に迫り上がるこの気持ちは


あー、きっと感謝なのだと


神様への道なのだと


思うのです


 

 

U22