皆様、おはようございます
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
今日はこちらは朝から雨
雨ん朝からじゃんじゃか降りよる
昔叔父がよくこう言いました
通訳しますと
雨が朝からたくさん降っている
と言う意味なのですが
「じゃんじゃか」と言う響きが
何だかお祭りみたいで面白いなと
子供心に思ったことを思い出します
昨日のブログではないですが
言葉の力ってすごいですね
☆
今長期間に渡ってこつこつと
断捨離を続けているのですが
昔小説家を志した頃の
小説が山のように出てきました
小さな賞もいくつか頂いたのですが
それを読んでいると
案外私ってわかっていたんだな
そう思います
20年前に書いた(20年!!)
原稿用紙251枚の長編小説の中で
例えば主人公の独白部分
確信は予言だと思う
人を思って口にする言葉は祈りだと思う
この言葉は
実は私がまだ高校ぐらいの時に
急に降ってきた言葉で
それをずっと覚えていて
あーこの小説に使ったんだと思います
(ちなみにこのブログでも
何度もこの表現を使っています)
主人公のことを好きな男の子が
主人公の心の中にまだ居る
好きだった男性の存在に気付き
そいつをこうしてやりたいよ!と
笑って首を絞める仕草をした後
真顔でこう言います
人の心はその人だけの王国だからね
僕は単なる侵入者にしかなれないし
それにうまく入り込んだとしても
きっと捕らわれたまま
へたすりゃ出てこれなくなってしまう
おー!これは
境界線の設定のことではないかっ!
私は一人で声を挙げました
(自画自賛もいいところ)
主人公の独白で
「辛いけど気持ちいい」
そんな矛盾を内側に持っている
「ひたむき」と言う感情を
私は久しく持っていない
おー、これは情熱が羅針盤だわ!
(自画自賛)
カウンセラーである登場人物が
カウンセラーを志したきっかけが
自分もまたカウンセラーに
あなたは失ったんじゃないわ
人間は生きている限り
何かを得続けているの
失ったと思っても
必ず何かを得ているはずよ
と言われた一言で
それを見極めたくてそうなった
みたいなくだりとか
おーっ!
これは捉え直しではないかっ!
(自画自賛)
と言うような
一言一言が今に通じているのです
アランは
書くことは僕自身へのセラピーだ
と良く言います
当時の私も
自分を救うために書いていました
これは何かの文学賞に応募して
それで見事に落選した小説でした
こんなのがザクザク出てきて
過去の私も本当に一生懸命に
生きていたんだなと思います
今は形を変えてこうして
ブログを書いたり
それから翻訳をさせてもらったりして
またそこで自分を救っています
癒していると言ったほうが
適切かもしれません
当時はスピリチュアルと言う言葉はなく
「精神世界」と言っていました
そしてそんなに多くの本もなく
当然ながら具体的なものは
何も知りませんでした
あの頃からすると
このスピの世界の内容も
いろいろ表現が変わって
より受け容れやすくなったのかもしれません
何が言いたいかと言うと
心の底で感じていたことは
きっとあまり変わっていない
のかもしれないと言うことです
スピリチュアルの本を読もうが
読むまいが
心の奥の奥で知っていたことは
実はかわらないのかもしれません
たぶん成長すると言うことは
新しいものを学んでいくように見えて
もう既に知っていることを
閉じ込められている記憶を
掘り起こすようにして
見つけていくことなのかもしれないな
などと
改めて感じた次第です
そういえばあの頃の
必死で言葉を探す感覚は
自分の内側の答えを見つける感覚に
ちょっと似ていました
あー、あのころ
アラン・コーエンさんを知っていたら
ピューっと近道で
なーんて思っても
あの頃は私にとって
大切な大切な
成長のプロセスだったのでしょう
うんうんとうなずきながら
ひっそりと自画自賛しているせいか
断捨離がすすみません(笑)
この「じゃんじゃか」やれない性格も
変わっていません(笑)
ちなみに
変わっていないことがもう一つ
主人公の名前が美海(ミミ)
と言うところから
この小説の題名は
「青い瓶の中の海」と言います
これはボンベイサファイアと言う
私が当時大好きだったジンのことです
液体が入っている瓶が
透き通った海のような
美しい青ざめた色合いです
修道女のマークが小さくついています
瓶の脇には
透かし彫りでいろいろなハーブが
描かれており
そのハーブが原材料の中に入っているから
いくら飲んでも酔わないんだよ、と
アメリカ人の男の子が教えてくれました
(酔いますよ!)
うふふ お酒大好きは
程度や飲むものは変わっても
変わっていないようです
U22
