時折、決して自分が得意でないことを

重荷に感じるあまり嫌になることを


急に頼まれることがあります

 

 

そういう時は

人生が教えようとしていることが

二通りあるかもしれません

 

 

一つは

嫌なことにはNOと言うこと

きちんと相手との境界線を引くこと

相手の期待に応える為に

あなたが自分を消耗しないようにすること

 

 

もう一つは真逆で

 

あなたが知らないあなたの才能を

相手が見出していることもあります

 

 

苦手と思っていることの中には

 

実はあなたが超えたくても

超えられない壁があって

 

 

その先にはより自由で豊かな世界が

広がっていることもあります

 

 

その突破口を教えてくれるために

 

 

突破口後の自由を

あなたの知らないあなたの才能を

教えてくれるための

ある人からの頼み事だったりします

 

 

例えば、よく自分を表現することが

苦手だと言う人が多く居ますが

 

 

自分を表現することに

本当は苦手も得意もないのかもしれません

 

 

あなたが苦手だと思っている方法は

もちろんあるでしょうが


だからと言って

表現すること自体が

苦手であると言うことは


それはあなたの思い込みであって


自然にあなたが表現しているやり方が

あるのかもしれません


それを誰かがみつけて

あなたがそのやり方が得意なのだろうと

それならば、と頼んでくることもあるのです

 

 

ですから

人からの頼まれごとを受けるか受けないかは

本質を見分ける力が必要になります

 

 

本質は簡単なことです

 

 

その頼んできた人のことを

あなたが信頼できるかどうか

 

それだけだと思います

 

 

信頼できる人からの

頼み事だったら

少々あなたが苦手だと思うことであっても



もしかしたら、

そこにあなたの知らないあなたの才能が

隠れているのかもしれません

 

 

私達は自分を知っているようでいて

あまり知ってはいないようです

 

 

せっかく人から褒めてもらったのに

すぐに「そんなことはない」と

本気で思ったりします

 

 

反対に


人から「こういう人ね」と言われると

それは違うと反発したくなります


 

いつもどこか自分の思う「自分」に

縛られて生きているのかもしれません

 

 

「自分の答えは自分の内側に在る」

 

それは真実です

 

ですが

 

自分の答えを見つける手がかりは

どこからやってきても良いのです

 

 

人からの言葉であっても

気付かせてくれるものであれば

自分を知る手がかりであれば

それで自分の答えが見つかることもあります

 

ですから

 

自分の答えを見つける時こそ

心を柔軟にすべきかもしれません

 

 

自分の答えは自分の力で見つけるべき

 

と言うことと

 

自分の答えは自分の内側に在る

 

と言うことはイコールではありません

 

 

自分の答えは自分しか知らないから

誰の言うことも聞かないと言うのであれば

思い込みの域を出ることはないでしょう

 

 つまりは


自分の答えがもたらされる方法は

大いなる存在の計らいによるものなのです


 

人を介して

出来事を介して

書物を介して

 

何かふとした拍子に

恵みのようにもたらされるものです



だからこそ

人は成長していけるとも

言えるのだと思います




もし自分の才能が何もないと思ったら

自分が今まで人から受けた

頼みごとを振り返ってみると

よいかもしれません

 

 

自分がもし苦手な何かを頼まれたら

少しだけ自分の自分への

思い込みを疑ってみてもよいでしょう

 

 

頼んでくる相手が信頼に値する人であれば

そういう人である分だけ

 


あなた自身も知らない

あなたの心の領域を

あるいは


あなたの才能を

 

気付かせてくれるために

訪れたギフトとなる人達なのかもしれません


サインを運ぶ人たちかもしれません

 

 

自分の答えを自分の内側に見つける為に


外側から降り注いでくる

ヒントにも柔軟に敏感になりましょう



私たちのスピリチュアルな成長は

人それぞれですが


そのプロセスは

自分一人では決してなし得ず


魂はこすれ合うことによって

磨かれ続けるのではないかと思います

 

 

U22