皆様、おはようございます
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
の募集記事を昨日アップさせて頂きました
リクエストを頂いたので
今回まで年始のリーディングを
つけました
昨日出しておいて早いのですが(笑)
明日の20時が締め切りです
残席は3名となっております
宜しくお願いします
☆☆
さて、福岡から東京に帰って来ました
行ったり来たり大変ですね
よくそう言われるのですが
今のところとても良い気分転換に
なっています
やはり「家族」を感じる方達が
スタッフの方達も含めて
たくさんあちらにいらっしゃることが
本当に私の心に滋養を与えてくれます
私達家族はばらばらに暮らす家族でした
兄達は中学から家を出て寮に居ましたし
私も高校から家を出て
一人で暮らしていました
その後もそれぞれアメリカに行ったり
住む土地をたり変えたりして
年に二回(お盆とお正月)
顔を合わすだけの家族でしたが
それだけにその時間をそれなりに
大切にしてきたのかもしれません
煩わしい思いをしながら帰っていましたが
それでも出席しなくてはならない
その断固たるルールは
知らず知らずのうちに
家族の絆を作ってくれたのかも
今はそう思っています
それぞれに反抗期があったし
何のかんの言っても親元を離れる
寂しさもたぶん兄達にはあったと思います
ですから当時はため息が出るような
行き違いばかりでした
なので今私が毎月帰り
顔を合わせることを楽しみとしていて
兄達夫婦もなるべくその時間を
作ってくれていることに
感謝と共に驚きです
こんな言葉があります
人間関係には理由があるもの
季節があるもの、一生続くもの
その三つがある
理由を満たせば離れるし
ある一定の期間(学校など)を過ごしたら
離れる関係があり、そして
一生続いていく関係もある
人間関係はその三つのタイプに分別できる
と言うような意味です
一生続く関係を求めて
この世界をさまよっている人は
多いような気がします
一生分かり合える人を求めて
でも家族はどうでしょう?
最初から「一生続くと決まっている」関係です
最初から決まっていると言うのは
もしかしたら大きなヒントかもしれません
私たちに全くチョイスが与えられない
それはかなり珍しいことです
たった50年ぐらいの人生ですが
ここまで来てみて最近わかるのは
一生つき合いが決まっている関係だからこそ
最初から決めつけてはいけなかった
と言うことです
それぞれの家族に対して
私達は少なからずお互いに
あいつはこんなやつだとか
こんなことを言うとこう返ってくるとか
こんな行動をとるタイプとか
かなりの部分を決めつけて生きてきました
それはとても小さな頃の記憶に
基づいていたものです
でも今もう一度力を合わせなくては
ならない局面がやってきた時
あの頃とは違う白髪交じりの私達は
思っていたものとは違うものを
見せあっているような気がします
いえ、きっと昔からあった要素ですが
それに気が付いていなかったのでしょう
それぞれの人生を
それぞれが歩いてきたのだなと
思わせられています
一生分かり合える人とは
一生を通じて分かり合えるように
一緒に成長していける人かもしれません
☆☆
先日ちょっと感傷的な話になった時
二番目の兄が涙ぐみました
二番目の兄は小さな頃からよく泣く人でした
一番上の兄がその後
あいつさ、泣いてたよな~
と笑って言いました
一番上の兄は
人前で泣くことは恥ずかしいと
思うタイプでいつも泣くよりも
恐い顔をして耐えていた人でした
そうね、泣いてたね~
私はそう言いましたが
私の方からは二人とも泣いていたのが
よく見えていました
(「おまえもなっ!」と言いそうになりました(笑))
二番目の兄が必死で
こらえようと笑っているのもわかりました
そういう私も
泣いていたのかもしれません
あー、もともとあったものは
もしかしたら皆同じものなのかもしれないな
などと感じた一件でした
長い年月はきっと
その感情表現までも変えてくれるのです
☆
最初から決めつけてはいけなかった
それはそうですが
不思議なことにそれに気が付いた途端に
また関係は新しいスタートを迎えます
家族にでさえそうなのですから
友人や仕事仲間にも言えるでしょう
自分が変わりたいと思うのと
同じようにして
同じぐらいの分量をもって
他者もまた変わることを望んで
生きているのかもしれません
人間関係はいかにも
その三つに
タイプ分け出来るのかもしれません
ですが
そのタイプを決めるのも自分であり
破るのも自分でしょう
結局は決めるも破るも自由であり
決めようが破ろうが
要は自分がそれによって成長をすれば
それでよいのだと思います
U22
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