皆様、おはようございます
アラン・コーエン認定
ホリスティックライフコーチ
桜水現実(オースイうつつ)です
今朝両親の前にお供えしていたお水を
取り換えようとしたら
びっくりするほど減っていました
え?昨日は地震で揺れることもなかったし
周囲を見回しても何も変わらず
思わず
あれ?飲んだ??
と二人に声を出して
問いかけてしまいました(笑)
その途端に二人の「え?」と言う表情が
浮かんでしまって笑い出しました
だめなの?
そのためのお水じゃないか?
そりゃもちろん言いたくなりますね(笑)
☆☆
双子座の満月遠隔ヒーリングを受けて下さった
お一人の方の個別メッセージに
遊び心
そういうキーワードがありました
そのことで思い出した事があります
昔小説を書いていたころ
(趣味の域を出ることがなかった小説でしたが
かなり楽しんで書いていました)
一人の女性と同性愛者の男性が主人公で
二人の友人関係を描いていたのですが
その女性が仲良くしている他の友達と
気まずくなった時に
そのことをその男性に話した後
コーヒーを淹れながら
彼女に言わせたセリフで
とても気に入っているものがあります
それは
また遊べるかなぁ
と言う独り言です
それを端から聞いていた同性愛者の男性が
遊べるよ
と淡々と言うのですが
(「当たり前じゃん」みたいな感じで)
この「遊ぶ」と言う言葉が
この小説の中ではたくさん出てくるのです
別れ際もこの二人は
「また遊ぼうね!」と言います
「おう!」と答えます
(女の子のほうが(笑))
てか、このこじらせ女子の主人公のモデルは
私自身なのですが(笑)
小さな頃、私達は
「遊ぶ」と言う一言で割と
なんでもチャラに出来ていた様な気がします
大人になってからよく使うのは
飲みに行こう!
でも「飲みに行こう」には
なんとなく「さ、話がメイン」みたいな
響きがあったり
あるいは
「ストレス解消だ!」みたいな
ちょっと健全ではない意味合いが
混じっている時があります
「美味しいものを食べよう」だったり
「近況をシェアしよう」だったりと
楽しい意味合いももちろんありますが
でもそれを全部ひっくるめて
遊ぼう!なのです
遊ぼう!と言えば
それまでの気まずさも失敗も
チャラにしてくれるような気がするし
過去よりも未来のワクワクに
目が行きます
「遊ぶ」と言う響きには
なんとなく限界を超えていいような
自由さや楽しさがいっぱいあって
好奇心が溢れていて
目的が変わっても良くって
目的がなくても良くって
ただただ心赴くままに笑えばいい
そんな開け放ったイメージがあります
私はこの言葉が大好きです
そんな風に生きていけたらいいなと思います
そういえば
生前母と買い物に出かけると
(母は無類の買い物好きでした)
家に帰ってきた時には必ず
あー、よく遊んだぁー
くたくたになって足をさすりながら
満足げにそう言っていました
私のそのセリフは母の影響かもしれません
「遊ぶ」と言うその言葉に
人々が少しの罪悪感を感じるようになるのは
一体いつ頃からでしょうか
勉強をせずに遊んだ
仕事をせずに遊んだ
遊んだ=さぼった=義務を怠った
そんな間違った信念体系が
いつの間にか出来ちゃったかもしれません
遊ぶことは何かを怠けることでなく
むしろ魂が欲しているものへの
義務を果たしていることなのに
遊ぼう
必要なタイミングで
自分に言えるといいなと思います
この忙しい師走の時期だからこそ
皆さんちゃんと遊んでください
遊ぼう!
うつつ
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