ここ数か月いろいろなことがあり
混乱することもありましたが
私自身との新しい関係性を
創造する時期に入ったようです
人は生きている限り
恐れを抱くのだと思います
そしてその「恐れ」の深い原因は
一つの「いつか死を迎える」と言う
避けようがない真実に在ると思っています
無意識のうちに
そこに集約されると思っています
人生には限りがある
そのことが人を焦らせたり
だからこそ頑張らせたり
前へ前へと駆り立てるのでしょう
このことにはある意味
とても不思議な感覚を覚えます
生きれば生きるほど
時間はその「限界」に向かっていくのに
人はどんどん進もうとする
限りあるからやっても無駄だ
とは思わずに
限りあるからこそ進もう
そう思える人間とは
本当にすごいなと思うのです
相田みつをさんの詩に
生まれた時は丸裸
死ぬときゃそれも置いていく
という素晴らしい作品があります
何も残していかないはずの人生に
どうして人は
力を尽くそうとするのでしょう
私にはまだそれはわからないけれど
一つだけわかることがあります
この世を去る時には
全てのものを置いていくけど
持っていけるものがあると
私たちは信じているのだと思います
頑張ったり
泣いたり笑ったり
体験を通していろいろな感情を味わい
その中にキラリとひかる
幸せと言う小石を拾い集め
大切に抱えて持っていけると
心のどこかで信じているのだと
思うのです
それこそ超無意識かもしれないけど
そしてその小石を与えてくれるのは
やはり人ではないかと思います
人との関わり
ご縁をつむぐために生まれてきた
なぜご縁をつむぐのか
それはあの世に持っていける
唯一のものを見つけられるから
恐れはいつも
無になってしまうとか
何も成果をあげられない、とか
自分を証明できない
そこに存在するのかもしれません
だからこそ
先人たちの中には
大きな豪華なお墓を
作ろうとした人が居たのかもしれません
自分の存在していることを
証明したい思いが
人には皆どこかであるのかもしれません
私はその人の存在は
自分と誰かの心の中にあるのだと
思います
そしてその「心」と言うものは
それこそ一番不思議なところで
肉体にあるようでない
それそのものが重さも形も見えない
だからこそ
死を超えられるのではないかと
感じています
死ぬときゃ身体も置いていく
けど
一番大切なものは
きっと持って行くのでしょう
一番大切であるからこそ
私たちから決して離れることは
ないのだと思います
「死」に打ち勝つことなど
最終的には誰も出来ないことを
私たちは知っています
誰も勝とうなどと思っていません
それでも生きようとするのは
心そのものが
私たち自身なのだと知ってるからだと
思うのです
もっと言うのであれば
心を包み込むような
魂と言う存在をどこかでちゃんと
認めているからだと思うのです
できるだけのキラリを
そこにたくさん入れていきたいと
思っているのではないでしょうか
私たちは
この一生をかけて
喜びを感じていきます
でもきっと一番の喜びは
その喜びを分かち合う人達がいること
少なくとも私の場合は
それに尽きるのではないかと
思っています
☆
空がだんだん明るくなってきて
また町が今日のベストを尽くすために
目覚めてきたようです
早く起きた朝の独り言です
うつつ
満月企画は締め切り間近です→こちら
☆☆☆
☆本日12日(木)から17日(火)まで
福岡に帰ります
セッションはお休みさせて頂きます☆
