皆様、おはようございます

桜水現実(オースイうつつ)です

 

先ほど、

アラン・コーエン日本事務局の

ホームページに

「損失を愛に変える法」の告知をしました

 

今度の10月に来日される時の1日セミナーです

 

まだ事務局のメルマガにも

出していないと言うのに書いちゃった…

うふふ、いいのか、うつつ(笑)

 

本当に不思議なのですが

母が亡くなった時には

このセミナー内容は決まっており

ページはもう作成を終えていました

 

あまりの偶然と

あまりのタイミングの良さに

本当に正直今驚いています

 

☆☆

 

母が亡くなり仕事を少し休むために

私がアランにメールした時

アランからすぐに慰めのメールが来ました

 

その最後の最後に

こんな励ましの言葉がありました

 

これから君とお母さんの

新しい関係が始まるんだよ

 

通夜も葬儀もこれからと言う時に

私はこの言葉をぼんやりと見て

そのまま飛行機に乗って福岡に向かいました

 

あまり覚えようともしなかったはずなのに

 

この言葉は通夜の時、葬儀の時

何度も何度も蘇りました

 

母が居ない

 

そう感じて身を切るような寂しさに

襲われる時や

 

母の声が聞こえない

 

いつもの癖で電話をかけようとする時

 

今もその言葉が蘇ります

 

母の古い日記や手紙を見つけた時

またその言葉が蘇ります

 

そして私はまた新たに

母を「知っていく」プロセスに居ることが

分かってきました

 

母を「知っていく」と言うことは

 

母がどんな人だったか、のみならず

 

母が私の中で

どんな役割をしてくれていたか

どんなに必要であったか

 

そして

 

これからどんな役割をしてくれるのか

これからもどんなにか必要か

 

少しずつ

その言葉に背中を押されるようにして

腑に落ちてきています

 

それは別れと言う

氷のような冷たさの認識ではなく

 

ろうそくの炎のような

ほのかなリアルな温かさを伴っています

 

「死」と言う損失を前にして

打ちひしがれた私に

 

「新しい関係」と言う言葉は

 

ぱっと明るくしてくれると言うより

 

え?何?と


その答えに首を傾げながらも

歩き出す勇気をくれました

 

そんなものがあるのなら

そう思いながらおずおずと顔をあげる

励ましを与えてくれました

 

今感じている温かさは

きっと感謝なのだと思います

 

小さな頃お弁当を作ってくれた

泣いている私の頭をなでてくれた

 

当たり前の事柄に言えなかった感謝と

 

それからそれとは全く別の次元にある

存在してくれたと言うことへの感謝

 

そしてだからこその

これからも交換し合える愛への感謝

 

なんだかうまく言えないけれど

 

炎の中心にある強い熱い愛が

 

ろうそくからの

ほのかな温かさの中に包まれるようにして

 

日常の生活で

お腹がすいたり、楽しんだり

笑ったり、眠ったりしながら

 

それでも時々急に

めそめそしたりしている私の中に

 

今少しずつ腑に落ちてきています

 

あれからもうすごく

時間が経ってしまったような

ほんの少しの時間のような

不思議な感覚です


その「あれ」も

いつの事を言っているのかも

実は曖昧な感覚です

 

でもそれはきっと

時空を超えたところで

私が母と会話をし続けている

その証拠ではないかと今思っています


どんなことであれ


心の中で生き続ける時間は

私がそう願う限り

常に永遠なのだと感じています

 

 

うつつ