こういう空を見ると、
ちょっとだけ泣きたくなります。

一生懸命な子供を見る時みたいに
心がきゅーんとします。


おおこれは、
砂糖のかたまりが
ぬるま湯の中で溶けていくやうに
涙ぐましい


そんな気持ちになるのです。

(これは、尾形亀之助さんと言う方の詩で、
江國香織さんが「ホリーガーデン」と言う
小説の中で紹介されていたものです。)

日本語って本当に美しいな

時々そう思って、
日本人に生まれた自分を誇りに思います。

英語にも独特のニュアンスがあって
本当に大好きですが、
母国語にはもちろん勝てません。

そう言えば昔、
父が母のことを褒めたのを
聞いたことがあります。

母はその場におらず、
なぜその話になったのかは謎ですが、
私がそれを聞いていました。


お母さんは一生懸命に
人のために頑張るやろう?

とにかく一生懸命でしょうが…
あの人は。

あの人は、健気でいい。


その「健気」と言う表現に
母への抱えきれない愛情を感じました。

言葉は本当に素晴らしいと思います。

ある人が愛をもって発した言葉は
ちゃんとそれを聞いた人の心に残ります。

聞いた時は気が付いてなくても
ちゃんとどこか心の深遠な箇所に
届いていて、

だからこそ、予感もなく
こんな風に空を見ただけで、
思い出したりします。

しかもそれが必要な時に
なにかのパスワードがはまったみたいに
その言葉が湧き上がります。

忘れたとばかり思っていたのに。

もちろん、昭和一桁の父は
言葉が上手ではありませんでした。

でも、この言葉を思い出すと

父の母への愛おしげな眼差しを
まるで今見ているような気持ちになり、

私は心が温かくなります。

それこそ、

砂糖のかたまりが、
ぬるま湯の中で溶けていくように

涙ぐましい

そんな気持ちになります。

美しいものを日々の中に見つける時

たぶん私たちは
それにまつわる何かも一緒に
思い浮かべているのかもしれません。

美しいものを見て
心が震える時はきっと
愛を感じている時であり

愛にまつわる何かを
自分を励ますようにして
思い出している時かもしれません。

手に取ることも
目で見ることも出来ない
愛というもの。

でも、きっと何かを通して、

私たちはそれをどこかで
手にとって
目で見て、
生きています。

手に取ろうとさえすれば、
目で見ようとさえすればもう、

そこにすでにある

愛はきっとそんな
存在そのものなのでしょう。

秋近い空を見上げながら
そんなことを考えています。


うつつ