こんにちは。
桜水現実(オースイうつつ)です。
「今週のオラクル」6月4日(月)から10日(日)は、ブログアップ済みです☆
昨日は一日オフでしたので、
ちょっと外に出た後、暑さでへばり、
帰ってきてから、何故か韓国ドラマを見始めました。
韓国ドラマは、私にとって禁断の地で、
見始めると、すぐに廃人になる(笑)ので、
とにかく避けていたのですが、
魔がさしてしまい、つい…。
ちょっと、ワインなんかを飲みながら、、、
ついつい…。
ストーリー展開の早いこと。
恋愛シーンの長いこと。
生徒会長みたいなタイプと一匹狼の不良みたいなタイプ。
揺れる女心。
実は「麗-レイ」と言う高麗時代の史実に基づいた跡目争いの時代劇だったのですが、
満喫してしまいました。
(日テレさん、どうか「一挙放送」って言うの、やめてください)
そして、思いました。
(まだ途中までしか観てないけど笑)
いつの時代にも、人は本当は、
「ささやかな幸せ」を求めているのではないか。
「幸せ」を「愛」と置き換えても良いと思います。
この中にも、力でもって、幸せをもぎ取っていこうとする人達がたくさん出てきます。
ただ、パワーや権力に頼れば頼るほど、
人の関係に歪みが生じて、
維持することに焦りを感じていく、
自分を逆に追い詰めて行く姿があります。
ある登場人物が、、、
「人の心が手に入るのであれば、皇位を願う」
と言うシーンがありました。
その人物は、高い位や名声ではそれが手に入らないと知っててそれを言うのですが、
だんだんとまた変わって行きます。
世の中の人の行動が、まるで力によって、
心が手に入っているかのように映っていくからかもしれません。
また、ある者は、人の心でもって、人を操ろうとします。
大切な人を奪うことで、相手を操ろうとします。
そう、すべての争いは、
本当に人の心、感情で引き起こされていく。
つくづく人の心の持つ底知れないパワーを感じます。
愛か。
恐れか。
パワーの方向は違っていても。
いずれにしても、心はパワーを発揮し続けます。
それらは、すべて現代の私たちの縮図だなぁと思ったのです。
ふと我にかえって、、、
こんな時空を股にかけた恋愛をできたらなぁ、、、
なんて、うっとりと思いつつ、
私はむやみやたらと「前世」と言われるのは、
信じないのですが、
もしかしたら、、、
今目の前で起こっている
出会いと言うことも、
ご縁と言うことも、
時空を股にかけた心のパワーかもしれない、、、
なんて、思いました。
「ささやかな幸せ」と先に書きましたが、
幸福感には大きい小さいは、本当は無いと思っています。
「愛」に大きい小さいがないのと同じように。
幸福感をもたらしたイベントや物の「大小」はあるかもしれませんが、
幸福感そのものは、どれも同じだと思っています。
幸せだと感じる瞬間は、
幸福感がもうすでに心全体に染み渡っている時です。
そして、ドラマの中でも主人公が、
その場面を何度も何度も思い浮かべるたびに
涙を流したり、笑顔になれるように、
その「幸せ」は
思い出すたびに心に広がり、色褪せたり、消え去ることはありません。
幸せに「つかの間」なんて、本当は無いと思っています。
人がその瞬間から、すぐに心を移動させてしまうだけだと思います。
人はあたかも何かを追い求めて生きているように思えます。
私も目標を立てたり、ああなればいいなと思ったりします。
でも、やっぱり先へ先へと「焦る」のではなく、
その瞬間瞬間を丁寧に味わう方が、
人生をより長く、瑞々しく感じられるのかもしれません。
(隣の畑からのお野菜たっぷり。生がジューシーで良いのです)
昔、めそめそ泣いていた時、
アメリカ人の友人に言われた言葉を思い出します。
「人生を食べて味わえ。
人生に食べられるな」
味わうことを忘れてしまったら、
私たちは、時に追いかけられて、
目指したところに同じようにたどり着いても
喜びは一瞬で終わり、
砂を噛んできたような気持ちになってしまうのかもしれません。
そして、その空虚感がまた煽りになって、
何かを目指そうと焦りの道を進ませようとするかもしれません。
山頂をただひたすら目指すより、
山道を楽しみながら、
変わっていく景色に癒されながら、
進んでいきたいものです。
お腹いっぱいの時に見つける道は
きっと温かい日向の道のような気がします。
イ・ジュンギさん、ブラボー♡
うつつ

