皆様、おはようございます。

 
今日はオラクルはお休みさせて頂きます。
 
お電話セッションは、15時以降の受付を行なっております。
時は節分を迎えました。
ちょっとした心の指針をセッションで探してみませんか?
 
 
さて、今日は日曜日です。
 
これから日曜日は、オラクルの代わりに、ちょっとしたエッセイを書くことにしようかな、なーんて、少し思っています。
 
毎日毎日、カードばっかりって、ちょっと息が切れますよね(笑)
 
たぶんただの独り言のようなものになるかと思うのですが、良かったら覗いてください。
 
 
よく小さな頃、自分で空想していたことがありました。
 
いまもし魔女が来て、
 
「三つだけ願いを叶えてあげる」
 
そう言われたら、どう答えようか?と。
 
この問いかけ妄想は、なんと頻繁に中学まで行われており、
その後、高校時代は少しなくなり、
そしてまた大学から今日まで、行われています。
 
幼稚園の時は、通園のバスの中で、よく考えていました。
 
小学校も中学校も、通学のバスや交通機関の中でが、多かったです。
 
その都度、二つは微妙に変化しているのですが、
一つの願い事だけ、ずっと変わらないものがあります。
 
それは、、、
 
「動物の言葉が、話せるようになりたい」
 
今もこれには、何故か強い願いを持っています。
テレパシーとかではなく、「話したい」のです。
 
昔、「いなかっぺ大将」と言うあの「巨人の星」で有名な川崎のぼるさん作のアニメをやっていて、
 
熊本の田舎から上京した「風 大座衛門(かぜ だいざえもん)と言う主人公が、
 
動物と話が出来ると言う設定でした。
 
その大座衛門は、よくおもらしをしたり、女の子に惚れるともうメロメロになったりと、
愛すべき情けなさのある主人公なのですが、
 
柔道だけは強く、猫がくるっと宙返りするところを見て、
その猫に弟子入りして「にゃんこ先生」と呼んで学んでいるのです。
 
それもこれも言葉が話せるから。
 
私にとっては、彼はヒーローそのものでした。
 
{E5F09BF5-3738-496A-B5B3-47DFCA25A459}

(これが、「いなかっぺ大将」)
訳もなく楽しそうですね。
☆画像はお借りしました。
 
自分で、犬や小鳥を飼うようになり、
一緒に過ごす時間が長くなると、
 
私はよく感情を込めて、鳴き声を真似て会話をしたりしていました。
 
これは、なかなか通じました。
 
犬には、喧嘩する時のみ通じましたし、
 
小鳥には、特に通じていて、「いつか飛べるかも」などとまた得意な妄想に走りました。
 
いま、もし三つのお願いを…と言われても、やっぱり一つはそれにします。
 
ワウワウ ワワワウン
ちゅんちゅん ちゅちゅっちゅ
(「あそこのおばあちゃんは、優しいよね」)
 
そんな感じで、お茶を飲むようにして話してみたいのです(笑)
 
そのせいか、私は「動物園」という場所が、ちょっと苦手です。
 
良いとか悪いとかではなくて、
 
見る動物によっては、とても辛くて仕方なくなる時があります。
 
生まれた時からあの箱の世界しか知らない動物たちも居るから、
むしろ解き放つよりは、彼らにとっては敵もなくのんびりしているとは思うのですが、
 
時々、自分が閉じ込められたような気持ちになります。
 
前に「猿の惑星」と言う映画を観て、
猿が人間を動物園のようなところで飼っている皮肉なシーンに、震え上がりました。
 
少し間違えば、あちら側に私たちもなり得る、、、そんな風に感じたからです。
 
(とは言え、ゴキブリを見たら、
追いかけて行って、バシンと叩いたり、
私は矛盾だらけなのですが…(笑))
 
ま、話を元に戻すと、
 
うちに来てくれたわんちゃんも、手乗り文鳥も、
 
言葉を話せたわけではありませんが、彼らからのギフトは、計り知れません。
 
日々の癒しはもちろんですが、
 
彼らは、私の目の前で、
赤ちゃんから、若々しい時代を経て、
歳を取り、死にゆくまで
 
人生を駆け抜けてくれて、
こう言うものなのだと、一足先に教えてくれました。
 
のんびりと好きなことだけをやって
毎日食べたい時に食べて、
昼寝してたようなそんな彼らだったけど、
 
彼らがいなくなった後、
私は「精一杯生きたんだ」と
なぜかそう思えました。
 
なにかを頑張ったとか、
目標を立ててやったとか、
 
そう言うことではなく、それはやっぱり、
 
今その時やりたいことをやって
彼ららしく生きたからではないかなぁ、と
 
今、思っています。
 
精一杯生きるとは
結局は、人も動物もそこなのかもしれません。
 
 
うつつ