こんばんは。
桜水現実(オースイうつつ)です。
今日はお天気が良かったので、午前中に近くの武者小路実篤邸まで行ってきました。
記念館のほうは、改修中で休館でしたが、公園は無料で入ることができます。
邸のお庭が公園となっているのですが、とても紅葉が美しい場所で、、、
鳥の声と光にあふれていました。
武者小路実篤先生は、当時「水のある場所で暮らしたい」と言われていて、
この場所を選ばれたとか。
光苔を見ることが出来るらしい水路や、悠然と虹鱒が泳ぐ池もありました。
竹林も涼やかに、風に笹を鳴らしており、どこかでカラカラと竹がぶつかり合う音もして、
とても良い気持ちでした。
武者小路実篤を知ったのは、本当に小さな頃です。
小学校に上ってすぐだったかもしれません。
なぜなら、実家の食堂に一枚だけでしたが、
面白い描き方の野菜の絵付けした大きめのお皿があったからです。
かぼちゃとか、人参だったかもしれません。
そう、あの有名な絵です。
そこにこう書いてありました。
「仲良きことは美しき哉」
そして、武者小路実篤とサイン。
その名前が読めずに首を傾げながら、父の元に持って行ったら、すぐに教えてくれました。
当時は、何かわからないことがあるといつも父が教えてくれました。
漢字の意味なども、わざわざ一緒に「広辞苑」をいつもひいてくれました。
辞書の薄いぺらぺらのページをめくる、父の神経質そうな形の指先を今でも覚えています。
あ、話が逸れました(笑)
とにかく(笑)
父親に読み方を教えてもらい、その「武者小路実篤」のことも聞きました。
父は、文学が大好きでしたから、語らせると止まりませんでした。
それで、中学生になった頃に、「友情」と言う小説を読んだのですが、
三角関係の話で、内容はとてもおませでした。
この小説のなかでは、主人公の野島ともう一人の大宮と言う男性が、杉子と言う一人の女性を巡って、友情と恋愛の間を揺らいでいくのですが、、、
この野島の顔と、大宮の顔が、当時リアルに浮かび過ぎて、とても困りました(笑)
大宮くんのほうが「しゅっとした」感じのイメージで、私のタイプでもあり、
やっぱり杉子は大宮くんのところに最終的には行くのですが、、、
野島くんは、大宮くんに相談しており、
散々大宮くんに応援されつつ(内心は辛かったのだと思うのですが)、
そんなわけで、裏切られちゃうんですが、
最後には、確か「仕事で今度は競い合おう」みたいな感じで、
野島くんも「男らしく」終わった感じだったと記憶しています。
野島くんのお仕事は、脚本家であり、
大宮くんのお仕事は、小説家。
売れてたのは、野島くんのほう。
小さな頃に貪るように文豪たちの本を読んでいた私はなんとなくうきうきと胸が高鳴りました。
そう、それで「友情」ですが、、、
登場人物がとても「あるある」なのです。
野島くん、大宮くん、そのほかの馴染みのメンバーも。
うんうん、こんな人居る居る!って感じの人間くささ。
(この感想は、大学生の時にまた読み直して感じました)
当時、中学生のとき、私は「友情」を読み終えた時の自分の気持ちを鮮やかに覚えています。
清々しい青春もののような、
そんな安心したそこそこハッピーエンドっぽさを漂わせ、、、
ほっと着地をしようとしたその時、最後の一文があるのです。
その最後の一文は、あったかくなりかけた胸に、すーっと冷たい風を微かに残していきます。
そして、その時にあの「仲良きことは美しき哉」の言葉が、また切なくじんと心に響きます。
この記事を書くにあたって、正確なその「最後の一文」をネットで探したのですが、
「印象的な野島の最後の一文は、ご自分で読んで見てください」
「ゾッとした」
などと書かれており、どこにも書かれていませんでした。
ただ今でもそのおぼろげに覚えている一文を思い出すと、
人の心というものは、本当に深くて、過去現在未来、いろいろな感情が混じり合っているものなんだな、と感じます。
そんなことを考えながら、武者小路実篤先生も歩かれたであろうお庭を歩き回り、、、
私もまた、私自身の「過去」を思い出し、この季節の「今」を踏みしめ、
いろんな想いを紅葉を揺らす風と共に、「未来」へと巡らせて来ました。
澄んでいて、ピリリとした空気。
会ったこともない人。
もう武者小路実篤さんは、この世には居ないのです。
でも、私は「友情」を読んだ感動を持って、この場所に立っている。
それも小さい頃の思い出ももれなく付いて来る。
彼の書いた言葉への「想い」は、私の胸に残って、私と共に「今」を感じているのです。
私はこの辺りに住まいを構えた時、この場所の存在を全く知りませんでした。
これもまた感動が惹きあったご縁の不思議なのだろうか、、、
そんな風に思いながらのお散歩終了です☆
読んで頂き、ありがとうございます。
うつつ




