最近、自分の人生に色んな人が行き来する方、多いのではないでしょうか?

自分を見ても、周囲を見ても、めまぐるしくご縁が行き来していると感じます。


ある人から言われて、印象に残っている言葉があります。


「魂は魂によってしか磨かれない」


いくらいろんな本を読んだり、スピリチュアルの知識を入れても、

最終的に魂を磨いて向上させてくれるのは、人であり、人との関係である、と。


なるほどなぁ・・・


そう思いました。


そう考えると、人からの言葉や行為や・・・

自分が発してしまった言葉や行為も・・・・


全ては魂を磨き合う仲間との交流なのかな、と思います。


前にも書いたことがあるのですが、ある御坊様にこう言われました。


何故生まれてきたか?

縁をつむぐために生まれてきた。


それはやっぱりどんなご縁も意味がある、と言われているようなものであり、

悪縁とか良縁とか言いますが、

本当は、良いも悪いもないのかもしれません。


全員がその水晶玉のような魂を磨きたくて、生きているのなら、


寄ってくるご縁、出来事、辛い言葉、辛い仕打ち

傷つけてしまったこと、傷ついてしまったこと。


それら全ては、必要だから起こった研磨剤なのかもしれません。


では、魂を磨くことで、どんな幸せが手に入るのか?


そう考えると、うまく言えないのですが、

皆で笑うこと、手をつなぐこと

哀しい気持ちを知ること、辛い経験をすること


それらを知ったら、もっと深く人の心と繋がっていけるのではないかと思います。


そして、その「深く人の心と繋がること」が、もしかしたら、「幸せ」と呼ばれているものなのかもしれません。


水晶は、日光に当たるとピカピカに輝きます。


だから、きっと魂も光あるところ、笑顔が溢れるところ、悦びを分かち合えるところ、

そういう場所を探して、磨き合っていると感じます。


未熟な魂たちは、ひしめき合いながら、ぶつかり合いながら、

ひたすら前に進んでいく。


広い空の上から眺めたら、それはどんな関係であっても

魂レベルでは、「同志」なのかもしれないな、と思います。


そんなに心広くは、なかなかなれないけれど・・・・(笑)



うつつ


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