こんにちは。桜水現実です。

パンツ丸見えで気取って笑ってる小さい頃の写真があります。

買ってもらったばっかりの白い服を着て、白い帽子をかぶって…
ポーズはとっていないけど、小さい頃、兄貴たちから「ぶー」と呼ばれていたまんまるい顔が明らかに気取っています。

でも、パンツ丸見えです。

時々、その写真を思い出すと自分で笑ってしまいます。

でも一方で、すごく愛おしくて、可愛いな、と我ながら思うのです。

自分の過去を思い返すと、そんな印象のことが多くて、一生懸命頑張ってたな、って思います。

あー、東京に出てきたばっかりの学生の時、私、こんな感じで頑張ってたのかもな、と。

あー、社会で働き始めたとき、私、こんな風に、用心深く気取ってたのかな、と。

年々自然体になっていると信じている今。

こんな風に思っていても、例えば5年後、10年後、今の私を見たとき、私はやはりパンツ丸見えで気取っているのかもしれません。

ただ気取るにしても何にしても、パンツ丸見えに気づかないほどの一生懸命さが、私は愛おしいのだと思います。

そう言う点では、私は常に自分に対して心優しきナルシストです!

生きることは、余計なものをたくさん抱え込んでしまうことがあり、
生きること自体、必死の作業だと思います。

どんな人でも、老若男女に関係なく…

いくつになっても、絶対にこっち行っちゃダメ、とわかってても、どうしても行ってしまうこともあり、
後に戻ればいいや、と思っても、後戻りができないことに後から気がついたりして、
いつもなにかしらの心細さが心から外れない。

かくして、やはりパンツ丸見えで気取るしかない(笑)

そして、丸見えだったことに後から気がついて赤面する。

でも、それで良いのだと思います。

そのときそのときを、危なっかしく生きているけど、
学びや気づきがいつも1テンポ遅れてやってくるけど、

それで良いのだと思います。

パンツ丸見えを笑われていたかもしれない私の過去。

そして、もしかしたら、丸見えの今の私。

それでも、ちゃんと人に恵まれ、天に恵まれ、毎日どんなに少なくとも一回は笑っている。

それもこれも自分が知らないうちに、パンツを大胆に見せているからかもしれない、と思うのです。


うつつ

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