会社でも学校でも、なんとなくソリが合わない人って、一人は会ったことあると思う。
顔を見れば喧嘩になったり、
やることなすこと腹が立つ相手がいたりするけれど、
そんななかで、最近気がついたことがある。
喧嘩をするということは、それだけで真正面からぶつかっている、と言うこと。
相手をまだ諦めてない証拠。
憎しみあっているようでも、
コントロールのねじ伏せ合いをしているようでも、
怒りは無関心ではない。
相手に無関心ではないということは、それだけ、相手にまだ可能性を見出してる証拠。
仲良くしようと思わなくてもいい。
怒ったりしてもいい。
無理をして合わせるなんてもってのほか。
きっとこの仲の悪さは、宿命的なもので絶対に完全には変わらないし、収まりきれない。
でも、まだ相手に無関心でいられない自分であることは知っていようと思う。
まだ相手からも「相手にされている」ことは覚えていようと思う。
だからと言って、何も変わらないけど、
何を変えるわけではないけれど、
そこは大切なところだということはわかっていようと、
最後の最後、無関心になってしまうまでは覚えておこう、と、
そう思う。
うつつ