人と言うのは複雑で、
どんなに相手を思っていても、
思えば思うほど
磁石の同極のように、
弾けあって、反発し合う場合がある。

一緒にいればいるほど、苦しくなって、
結果的にお互いがお互いから
去って行くほうを選ぶ場合がある。

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相手との関係がどう言うものであれ、
男女の別なく、老若の別なく、
そう言う過程を多く見てきたし、
体験してきたと思う。

だから、人と人とが離れるとき、
そこに「嫌いな感情」しかないと思うのは
とても浅はかだ。

愛する人が離れていくということは、
はっきり言ってとても辛い。
一時期でも心を通じ合えた人が離れていくことは、
はっきり言って辛い。

そして、面白いことに、
両方が「相手が離れて行った」と思っている。

何が悪かったのか、とか、
私はどうすればよかったのか、とか、
考え沈むこと。
それも、ある意味浅はかだ。

人が離れていくということは、
きっと自分だけではどうにもならないものなのだと思う。

だから…

別離を最善最良のものに振り替えるには、
結局「これから」を考えるしかない。

あの人が居ないこれから。

どんな風に過ごしていくか。
あの人と過ごしていたはずのぽっかり空いた時間を
どんな風に埋めて行くのか。

前向きな別離であったかどうかなんて、
どうでもいいかもしれないけれど
同じ「さよなら」をするのであれば、
お互いに幸せになりたくはないか?

互いに幸せであって欲しくはないか?

憎しみや後悔、悲しみ、さみしさ、
そんな黒かったり暗かったりする感情さえはらんでしまう別離でも、
それらの闇を一切取り払ったところに
なんの感情もなく取り残されるのは、
「違い」だけだ。

相手との違い。
自分と相手との違い。
価値観、考え方、なんでもいい。

恋愛であれ、友情であれ、
そんな風に別離はとらえたい。

そうすればきっと相手の「これから」を
屈託無く祈ることが出来ると思う。

別離は、きっとある時は、
自分と相手の「違い」を認め合った
とても美しいイベントだと思うからだ。

そう思えればきっと、別離があっても、
またそれぞれの「これから」の「どこか」で、
再度出会うことがあると思う。

そして、その再会は
いろんな感情を抜き去った「違い」を
認め合ったところから、また始まる。

別離は、そんな希望を包括している。
私は、そう信じている。


うつつ