http://ameblo.jp/oosui/entry-11496437168.html (一つ目の巨人の話‐上 の続きです)



一つ目の巨人の姿が白日の下にさらされます。


ふらふらと洞窟を出てきた巨人は見ました。


小さな小さな女の子が岩の上に腰かけて、歌を歌っていました。

周囲には、鳥や小動物があふれ、歌声に聴き入っています。

近くの木の葉も気持ちよく舞いながら、聴いているのです。


しかし、巨人の姿を見た途端、鳥が飛び立ちます。

小動物は、パッと散り、ある者は石の陰で震え、ある者は土の中にもぐります。

木の葉もパタリと動くのをやめ、息を殺しました。


辺りの様子が急に変わったことに、女の子が気が付き、

一つ目の巨人のほうを驚いた顔をして見上げました。


「こんにちは」


女の子は驚いた眼をしたまま、そう言いました。


巨人は無言でどすんと座り、うなだれました。

歌に誘われて出てきた自分の愚かさに気が付いたのです。


巨人が座った衝撃で、大地が少しだけ、わんっと軋みます。

森の空気がピンっと緊張しました。


「こんにちは」


そんななか、もう一度女の子は言い、おずおずと近寄ってきました。

小さな靴が森の大地を踏んで、カサコソと音を立てます。


「怖くはないのか?」


今度は巨人が驚いて聞きました。


「初めまして。名前はなんと言うの?私の名前はセリ」


女の子は巨人の問いには答えず、自己紹介をしました。


「俺は・・・」と答えようとして、巨人は自分の名前が何であったか、思い出せないことに気が付きました。


「俺は…怪物だ」


巨人が答えると、少女はころころと鈴を転がしたように、心から楽しそうに笑いました。


「怪物は名前ではないでしょ?」


その少女の明るい笑い声で、森の空気の緊張が一気にゆるみました。

周りの動物たちや小鳥、虫、木の葉も少女の様子に安心して、少しずつ顔を出して、また集まってきました。


巨人は一つしかない目をきょろきょろと神経質に動かして、自分の名前を探しました。


「俺は・・・・ガ・・・ガロ」

「初めまして。ガロ」


巨人が記憶の片隅からかろうじて自分の名前を思い出し、少女が微笑みながらその名を呼んだ時、巨人の石の心臓がまたかつてない動きをしました。


どくんっと波をうち、とてもとても熱いものが流れたのです。


そうして巨人は言いました。


「怖くはないのか?俺は人間を食わない。なのに、人間は俺が人間を食うと言う。俺は醜いから怪物だ」


「俺は怪物だ。人間は俺が人間を食うと言う。怖くはないのか?」


少女が心配そうに首を傾げ、そのまま少女の手が巨人の右手の人差し指を握りました。


巨人は言い続けます。


「俺は怪物だ。怖くないのか?お前は逃げなくてはいけない。人間は俺が人間を食うと言う」


少女は、巨人の指をぎゅっと抱きしめ、何故か自分の耳を押し当てました。

巨人の右手の指は、少女の身体にはおさまりきれないほど、大きなものでした。

でも、その抱擁は、巨人の指先にまたあの何か波打ち熱いものを通わせました。


その時です。

不思議そうに指に耳を当てていた少女が不意にしくしくと泣き始めました。

「かわいそうに」


少女は言いました。

「かわいそうに。ガロ。かわいそうに」


少女は感じたのです。


巨人の緑色の分厚い皮膚の下にある深い孤独。

誰にもわかってもらえない石の心臓。

冷たい皮膚の下にトクントクンと波打って流れ始めた熱いもの。


「あなたは怪物ではない。あなたの名前はガロ」


巨人は驚いて、少女を見下ろしました。

少女は巨人の指先に頬をくっつけて、しゃくりあげて泣きました。


「あなたはガロ」


少女はしくしくと泣き続け、巨人の名前を呼び続けました。

巨人の指先は少女の涙にぬれて、指を滑り落ちた彼女の涙は、手のひらに小さな小さな涙の溜まりを作りました。


その時、ガチッっとものすごい音がしました。


巨人の石の心臓が割れたのです。

割れてそこから脈々とした血が流れ出し、体全体に回り始めました。


そして、巨人の一つしかない目から、涙が流れ始めました。


おおぉ


と、巨人であるガロは言いました。


おおぉ、これはいったい何なのだ、と。


「それは、涙と言うものだよ」と木の葉が風と踊りながら言いました。


何故だ、何故、こんなに胸が痛いのだ、と。


「それはきっと嬉しいからさ」 木の上に止まっている青い鳥が謳うように言いました。


ガロの緑色の体に血が通い、肌色に変化していくのを、皆が見ていました。

どんよりしていた一つ目に光が宿ってくるのを、森に住む皆が見ていました。


すると、どこからか光が下りてきて、ガロと少女を照らし始め、それが今は全く眩しくないことにガロは気が付きました。


そして光の中から声がしました。


「これからは、その生身の心臓で生きなさい。

胸の痛い喜びもあるかわりに、胸の痛い悲しみもあるでしょう。

喜びと悲しみを生身で感じること。

その生暖かい心臓がこれからはあなたにそれを教えてくれるでしょう」


一つ目の巨人は、光を見上げ、両手をかかげました。

そして自分の手が少女と同じ肌の色になっていることに気が付きました。


少女がまた歌い始め、ガロはそのまま目をつぶってそれに聴き入りました。

温かい光のもと、少女は祝福の歌を歌い続け、ガロはいつまでもいつまでもそれを聴いていました。



おわり



桜水現実のサクラサク-光