フランスのワインが好きだわ
とか
イギリスのお紅茶が好きだわ
とか
ファッションはやっぱりイタリアね(これは言ってない)
とか
かっこつけて言ってるが、私は実はアメリカが好きである。

自分が暮らしたことのある土地だから、と言う愛着ももちろんある。
が、あの国のもつなんとも言えない多様性が好きなのだ。

アメリカは、ごちゃごちゃの国だ。
いろんな人種が居て、それだからこそ、成り立っている国である。
アメリカンジョークと言うと陽気でアホなイメージがあるが、
彼らは彼らでお互いの距離感にとても気を遣っている。
人種が違う人達と共に暮らすと言うことは、福岡出身、東京生まれ、などと言う次元を超えた大変さがあるのだと思う。
だからこそ、とても気を遣い、従ってジョークもアホどまりにしておくしかないのかもしれない、などと思う。
相手の性格に一歩踏み込んだジョークなんて、なかなか勇気が必要だ。

私は、ごちゃごちゃが好きである。
変な話だが、今住んでる部屋もいろんなものがごちゃごちゃしている。
人によっては、「うつつって、小さくて可愛いものが好きね」と好意的に言ってくれるが、
母親に至っては、部屋をしばらく見回した後、きっぱりと、「大抵で捨てんね!」と言い放った。
でも、捨てられないし、捨てない。

ごちゃごちゃは落ち着くのだ。

いろんな人が居るんだな、とアメリカのごちゃごちゃの中で思った。
いろんな人が居てもいいんだ、とも思った。
自分も好きにしていいんだ、と周囲のごちゃごちゃを見て思った。
人は何でもあり、なのだと。
良いとか悪いとか、判断することではなく、それが人なのだと。

話を部屋に戻すと、
部屋の小物たちは、ごちゃごちゃしてはいるけれど、
それはすべて愛情を持って集まってきた小物たちだ。
心から欲しいと思って手を伸ばしたものもあれば
人から頂いたものもある。
どうしても目が合って捨てられなかったキャラメルのおまけから
清水の舞台から飛び降りるつもりで心から欲して買ったものもある。
だから一つ一つを見ると心が柔らかくなり、愛おしい。

アメリカにいた時に、いろんな友人が集まったが
それに似ている。
目の色、肌の色、髪の色が違うひと。
同性を愛するひと。
いつも変な格好をしてるひと。
哲学のことばかり語るひと。
飲んでりゃ幸せ、と言うひと。

でもみんなが私と言う人間に好意的に集まった人たちであり、
語弊を恐れずに言うと、理由はどうであれ、お互い魅せられ合ったのだ。

私と彼
私と彼女

だからこそ、一つ一つの関係を大切にしたい。
ごちゃごちゃしてると、いろんな整理はもちろん大変。
でも、整理できない良さがある。
一つ一つの領域を許しあう
一人一人の個性を許しあう
心の広さがあると思う。
それは、相手を受け入れる、と言う感情よりも、もう少しだけ手前の感情だ。
自分と異なる、と言う事実を非難するでもなく、だからと言って、応援するでもなく、興味深げに首を傾げて、面白そうに見てるような
そんな領域の感情と関係である。

さて、それにしても…
休日なので少しは片付けましょう(笑)
ごちゃごちゃなりにも、居るべきところに、納められるべきところに
すべてのごちゃごちゃが位置できるように…。

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