まだ、シアトルで学生をやっていた頃、

いわゆるイリーガルと言うもので、お寿司やさんでバイトをしていた。

そこだけは、いわゆる日本の社会で、

勤務しているおばさんやおじさんたちが、べらべらと噂話をしたり、

いやらしいジョークを飛ばしたりして、

本当は嫌いなその世界になぜかほっとしたりした。


彼が訪ねてきたのは、ある日の午後で、

もうランチタイムが終わって、私がシフトを上がる頃。


「スミマセーン」と片言の日本語で言って、入口に立った彼に、

「おひとり様?」と尋ねたら、

「No. シゴト サガシマス」と言った。


おかみさ~ん、バイト希望の子が来てますよ~。


と奥に声をかけて、私は帰ったけれど、

帰り道、「ほ~っ」と声を出して、にんまりした。


ほ~っ!っと。


彼があまりにかわいかったからだ。

日本人の母親とアメリカ人の父親を持つ彼は、もちろん、

イケメン好きのおかみさんに面接。そして・・・・


即採用!


「さっきのあの子は誰?」と入れ違いに立ち去った私のことをおかみさんに聞いてくれて、

その場で、「ちょっと、あんたっ!余計な手を出すんじゃないよ」とたしなめられ、

それから、私と彼は一度も同じシフトにさせてもらえなかった(笑)


(「I hate my big mouth」と後々彼が語っていた)


それなのになぜか仲良くなって、あれからもう20年。

彼が日本に来たり、(私は福岡に居たのに、なぜかやつは東京に来た)

私が訪ねて行ったり、

まあ、その中で男女の感情もうっすらとありながら、

彼ももうかわいいなどとは言えない顔と体格になっていった。


連絡がしばらくなくなったな、と思っていたら、

一度彼は結婚して、離婚して

別居を始めた時にボロボロになって書いてきたメール。

「SOS」


そういえば・・・・


自然のなかで飲むワインのおいしさを教えてくれたのも彼だった。


月の光のなかで飲む赤ワインの味。

潮騒を聞きながら飲む白ワインの味。

雪景色のなかで、飲む赤ワインの味。

それと、オールドアムステルダムと言う濃い黄色のチーズの味。

大きな薄いクリスタルのグラスではなく、ペコペコの紙コップで飲んだ赤ワイン。

ワインの香りも味も、すぐそばの自然の息吹と溶け合って

たぶんソムリエ試験的にはNGなんだろうけど(笑)

その時々で、磯の香りがしたり、雨に濡れた土の香りがしたり、

まだ雪の下に眠る春の気配を感じたりした。


そう言われてみれば、私のワイン好きはあそこから始まっていた。

あんなワインの楽しみ方から入ったから、きっとワインがおしゃれとは思えないのだ。

ワインは、もっと人や自然に寄り添っているイメージがある。

彼は、雪山で、ワインが冷えすぎると、自分の洋服のなかに抱き込むようにして

温めてあげていた。

暑すぎる夏の海では、冷たい沖のほうまで連れて行って冷やしてあげていた。

それはまるで大切な友達か子供を扱うみたいで、なんだか、素敵だったのだ。


そんなこんなで、自然児のやつは今、いろんなところを旅して、自由に生きているらしい。

海洋学を研究しつつ、海にもぐり、魚と遊んでいる写真が時々送られてきていた。


それももう途切れたかな、と思ったころ。


つい先日、フィリピンの海上で、「急に君を思い出した」とメールをくれた。


また会おうよ、と繰り返しながら、もうしばらく会ってない。


「友達でいようよ」と言われた言葉に、

男女の友情なんて有り得ない、と反発してけんかしたりしたけど、

今は、有り得るんだな、と思える。


友達で居ようと努力をするのではなく、

なんとなく、「どうしているかな」と思い、時々通じ合う相手は友達になっていくものなのだ。

それから、その人としかわからない言語を持っていれば、いつでも分かり合える。

それは英語とか日本語とかではなく、思い出に深く根付いた言語だ。


私の持っている彼のイメージはイルカだ。

突然現れて、愛嬌を振りまいて、自由にまた泳ぎ去る。

そのイメージのなか、SOSのメールを思い出すたび、

泳ぎ去る背中に、「もう網にはまるなよっ!」と声をかけたくなる(笑)。

一人の世界を限りなく大事にするくせに、人一倍さみしがりやの彼だから、

自由に戯れるつがいのイルカであって欲しい。



桜水現実のサクラサク-yukiyama

怖いぐらいの雪景色。