母の手術の付き添いに、福岡に帰ってきている。
久しぶりに会った母は、久しぶりといっても、4ヶ月ぶりぐらいだったのだが、随分と小さく見えた。

今回は母の肺の手術。
うちの母は、緊張したり、落ち込みそうになったりすると、やたらと張り切り、逆に人にやたらと気をつかう。
回診にいらっしゃるドクター達に、「まあ、先生は今日もこんなに遅くまでお仕事なんて大変ですね」
研修医の先生に「先生は結局何科がご希望ですか?先生はお優しいから絶対いいお医者さまになられますよ」。
挙句の果てには、手術当日「いざ、出陣です!」。
これには担当医の先生も苦笑して、「お母さん、頑張るのは今日は僕らに任せて下さい。お母さんは明日から頑張らりましょう」(^-^)
行ってくるね、と元気に手術室に入って行ったが、やはり出てきたときは、ぐーんと更に青白く小さくなっていた。
先生が「大丈夫です。お母さんが頑張られました」と笑った。
やっぱり、出陣だったのだなぁ。

眠っている母を見て思う。
どうして人生は最後の最後に過酷な経験をさせるのだろうか。
体力も気力も無くなりつつあり、ただただ穏やかに過ごすことのみが望みとなる頃に、いきなり病気と言う限りなく大きなものに向かわなくてはならない。
しかもそれはいつかは絶対に負け戦になるのだ。
一体生きてる意味はどこにあるんだろう。
人は最後にどこに行き着けばいいのだろう。

そう思っていたら、麻酔が覚めて、ようよう話せるようになった母が「あー、生きてる。目が覚めた」と言った。
「お母さんは幸せ。いい家族、息子、娘、お嫁さん。よくしてくださる先生達。看護師さん達。亡くなったお父さん。本当になんて幸せなんだろう」
目をつぶって、また少し眠る、と言いながら、また言った。
「お母さんは本当に幸せ」

生きてる意味なんて、どんなに考えてもわからない。わかるはずはない。
ただ、それでも生きていくだけなのだなと思う。
最後に行き着くところなんて、本当はどうでもいいのかもしれない。
こんな風に、幸せの再確認をすることがいきていく要所要所であるのかな、と思う。
なぜなら、その時、私も母以上に、母に感謝をしていたから。
母の生還?に幸せを噛み締めていた。
また眠りに落ちる寸前に母が言った。
「お父さん、有難う」
先に逝ってしまっても家族は家族。幸せは、その人が心の中に居続ける限り、与え合えるのだ。
東京と福岡。
私の母への気持ちはいつも離れていることへの罪悪感。
でも、本当は、人の居場所は誰かの心の中にある、と思いたい。
思っていること、祈ること。
側にずっと居ることはでいないけれど、私はこれからも母のことをいつも思っていよう。
きっとそれが大切なのだと思うことは自分に甘過ぎだろうか。

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