彼女は、とても、わがままだ。
一緒にレストランに行って
オーダーするときも、「嫌い」と言うことをよく言う
これは嫌いだから頼まないで、とか
はっきりしていることはいい事なのだが
それを好きな人もいるんだから
少しは控えめに
私は嫌いだけど、好きだったら頼んでね
とか
むしろ、頼まれても食べないでおいて
「え?嫌いなの?」
「ええ、実は・・・」
みたいな会話があってもいいのではないか、と思う
せっかくレストランのサービスの人がやってくれたことに
「あんまり変わらないね」
と、言ってみたり
気をきかして周囲が選んでくれたお料理に
「あんまり美味しくない、嫌い」と、はっきり言う
メニューにもないものを頼んだりすることも平気
これはサービスだよね?
と、無理矢理言うことも全然平気
周囲の顔は曇ったり
時々、ちょっとムカっとした顔をしたり
それから困った顔で笑ったり
ため息をつかれたり
かくして一緒にいる私は、ドキドキハラハラしてしまう
どこ吹く風、の顔の彼女。
でも本当に本当に不思議なのだが、
一方で、私は、そのわがままを守りたいと思う
彼女はわがままだから、彼女なのだ。
彼女が何も言わず、元気なく、もそもそと食べていたら、
私は、きっと「もっと、わがままを言ってよ」と言ってしまう
わざと彼女の嫌いなものを頼んでしまう
わがままを言わせるために
わがままな人には、相手を振り回すだけのパワーと魅力があるのだ
愛情もわがままそのもの
私がつらい思いをしようものなら
相手をくそみそに言う
人間のクズみたいに言って
本当に忌嫌ってしまう
呪いをかけんばかりの嫌いようだ
ちょ、ちょ、そ、そこまで言わなくてもいいんでは?
逆に私が止めに入りたくなる
そんなわがまま一杯の彼女
自分の行動が心に限りなく近いところに位置している彼女
その正々堂々たる自分への自信と
威風堂々たる周囲への態度
そう、彼女の心には裏がないのだ
表しかない
それは時に限りない安心を、私に与えてくれる
彼女はわがまま。
でも彼女の心の純度は限りなく高いのだ。
桜
