「うつつちゃんは、自分のことを俺って言う人と、僕って言う人、どっちが好き?」
従姉妹のお姉さんに聞かれたことがある。
私はその時、まだ中学に入ったばかりで、その突然の問いに、きょとんとした。
従姉妹と言っても、お姉さんはずいぶん年上で、
確かその頃もう高校を卒業して、看護学校に通っていた。
従姉妹のお姉さんのお家は、1階が自転車やさんで
2階が住居になっていた。
2階と1階をつなぐところに食堂があって、
そこで従業員も家族も皆でご飯を食べるようになっていた。
私は何故そこに居たのだろうか。
よく覚えてないが、もう昼食の時間はとっくに終わっており、
イチゴのショートケーキを食べていたから、きっとおやつの頃合だったのだろう。
うすぐらい食堂で、金製の簡素なテーブルが二つ並べて置いてあって、
椅子はパイプ椅子だった。
テーブルの上には端が黄ばんだビニールのギンガムチェックのテーブルクロスが敷かれており
ひじや手を置くと、ネチャネチャした。
日も当たらず、お世辞にもこぎれいとは言えなかったが、
田舎独特の湿気のある水回りの匂いは、私は嫌いではなかった。
お姉さんはそんな私に緑茶を入れてくれながら、後ろ姿でそう聞いた。
「オレとボク?」
「そう、俺と僕」 後姿のまま、大人数用のでっかい急須にさらさらとお茶葉を入れながら問いかける。
「私は、ボク・・・・かな?」
そう答えたのは、幼心になんだか「ボク」のほうが「やさしさ」や「善良さ」を感じたからだ。
今でもそうであるが、「ボク」のほうが、ちょっと品が良くて、おっとりした感じを受ける。
お姉さんは、そうかぁ・・・と、つぶやいて言った。
「私は、俺って自分のことを言う人が好き」
流れるようなしぐさで、お茶をお湯のみに注ぎながら・・・。
私はそのお姉さんの後姿と声を何故かずっと覚えていた。
それから数年後、お姉さんは結婚していったけれど、
結婚式に行った時、新郎は自分のことを、「オレ」でも「ボク」でもなく、「私」とよんでいた。
(もちろん二人でいるときは、「オレ」だったのかもしれないけれど・・・・。)
なんとなく、なんとなく、違和感があった。
その時気がついた。
きっとあの時、お姉さんは恋をしていたんだな、と。
自分のことを「俺」という人に、恋をしていたんだな、と。
それからもう一つ、気がついた。
その「俺」と言う人は、今目の前にいる新郎ではない、と。
きっと、この人ではない。
確証はないが、確信があった。
お姉さんは、白いドレスを着て、嬉しそうに、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
輝いていて、心から幸せそうだった。
今でも、お姉さんの後ろ姿を時々思い出す。
中学生になりたての私にまで、そんな大人の問いをしてしまったお姉さんの当時の恋を想像する。
でも、きっと本当は私に問いかけたわけでもなかったに違いない。
私の答えなど、どうでもよかったはずだ。
後ろ姿の反面で、お姉さんが幸せな顔をしていたのか、
つらい顔をしていたのかは、今でもわからない。
今、結婚しているからには、別れがあったはずだ。
だけど、きっと、つらくても幸せな恋だったのだろう、と思う。
後ろ姿とウェディングドレス姿の彼女を思い出して、なんとなくそう思う。
桜