「はい。よくできました~」
次の日、それはそれは当たり前のように玲奈は島田を蹴り上げた。
あのとき見せた恐ろしい微笑みを浮かべながら、とても楽しそうだった。
「明日は~!!」
ハジメが声を張る。
その時だ。ドアが開き、新が姿を見せた。
新は床に倒れている島田を見て、次にその隣に立っている玲奈を見た。
「これはね。これは・・・」
玲奈は慌てて弁解しようとする。
それもそのはずだ。何も知らない新からすれば、まるで玲奈が悪者だ。
大川新。何とかして。
なんて都合のいい祈りだ。
あたしは見て見ぬふりをしているだけなのに。
「なんだよ。なんか文句あんのかよ?」
ハジメは眉をしかめながら新に近づく。
「いや。別に」
顔色ひとつ変えず、新は歩き出す。
チッと大きな舌打ちをしたハジメを見ることもなく、彼はあたしの後ろに座った。
助けて。
助けてよ。
あたしは拳を強く握り締めた。
玲奈が席に戻るとすぐに、ハジメは教室内をゆっくりと見渡した。
獲物を物色する獣の瞳だ。
新が突然現れたことに驚き、また、島田に対するイジメを止めてくれなかったことに勝手に失望したあたしは、呆然と島田を見ていた。
どうやらその姿がハジメの目に入ったらしい。
「次!大川あずみ!」
あたし!?
名前を呼ばれて我に返った。
周りから安堵の溜息が聞こえる。
嫌だ。嫌だ。心臓が誰かに掴まれたように痛くなる。
あたしには、できないよ。
周りがあたしだけを置き去りにガヤガヤとし始めた頃、新が目の前にやってきた。
「嫌なら、嫌って言えばいいのに」
その言い方は、すごく冷たかった。
けれど、正しかった。
休み時間がくるたびに、玲奈は嬉しそうに新に話しかけていた。
うっとおしいと明らかに顔に出しながら、新はそれをほとんど無視している。
昼休みが終わりに近づき6限の準備をしていたときだ。
「なあ、大川」
新が言った。
大川?あたしのこと?
「何?」
突然呼ばれた名字に戸惑いながら、彼を見た。
「ちょっといいか?」
時計を見る。もうすぐ授業の時間だ。
「でも、もうすぐ昼休み終わっちゃうよ?」
「そんなのいいから!」
まっすぐ見つめられた目とその強い口調に逆らうことができず、あたしは準備していた教科書を机の中にしまった。
新はジャージを手にもつと、黙ったまま階段を上り出した。
「どこに行くの?」
「屋上」
入学して数ヶ月。一度も言った事がない場所。
「よく行くの?」
「天気がいい日はたまにいく」
「空見るの好きなんだね」
「まあ、そうかな」
新の背中を見た。
全身から漂う暗いオーラ。
新はいつだって幸せそうに見えない。
苦しんでいる。悲しんでいる。
それがどうしてかは、わからないけれど。
学校に来ない理由も、雨がキライなわけも、あたしは何も知らない。
だけど、目の前にあるもの言わぬ小さな背中に背負うものが、とても大きなことだと、想像がつく。
そして彼はとても優しいひと。
だからあたしを誘った。
明日に脅え、だけどひとりではどうすることもできないあたしを思って、誘ってくれた。きっと、そうだ。
ドアを開けてすぐに、青く澄み渡る空が視界に入る。
流れる雲。
あたしの心を裏腹に、空は偽りなく綺麗だ。
こーんなのだぜぇ どーだだぜぇ